テロの文学史 三島由紀夫にはじまる 書評|鈴村 和成(太田出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月22日 / 新聞掲載日:2016年4月8日(第3135号)

テロの文学史 三島由紀夫にはじまる 書評
テロへの処方箋としての現代日本文学

テロの文学史 三島由紀夫にはじまる
著 者:鈴村 和成
出版社:太田出版
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三島由紀夫について語ること、とりわけその衝撃的死と結びつけて三島およびその作品について語ることは、三島の仕掛けた罠に嵌まることだと思っていた。

本書でも指摘されているように、三島の死の一因は、ノーベル文学賞を彼でなく川端康成が受賞したことにあった。だから、三島は、記録に残るよりも記憶に残る作家たらんと、つまり、ノーベル文学賞受賞作家として記録に残るよりも、人々の脳裏に永劫記憶されるため、自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺=テロを遂げたということだ。したがって、その死から三島の作品について語ることは、三島の策略に乗ることになる。鈴村がとった方法は、敢えて三島の仕掛けた罠に乗ること、ウエルベックを除き、現代日本を代表する作家の作品を悉く三島由紀夫の死と関連づけて論じる「力業」を演じることであった。敢えて、罠に嵌まることで、三島に始まるテロの文学への「新たな抗体」を見出そうとしたのだ。

本書は、プロローグでパリのテロを予言したともされるウエルベックの『服従』に触れつつ、人々を文字通り恐怖に陥れるテロがなぜ人々を魅了するのか語る。テロの根底には「現世否定の終末論」があるとし、それが多くの若者をテロに引きつける源泉だとする。

第Ⅰ章では、三島自身が幕末の剣豪・テロリストである田中新兵衛役で出演した『人斬り』を中心に据え、死に急ぐ田中新兵衛のあり方から映画公開の一年後に決行される三島本人の死を照射しようとする。尊皇が佐幕や攘夷あるいは開国とも結びつくという思想のアマルガム状態こそ幕末の特質であり、それは鈴村の強調する、善が悪に反転し悪が善に転化する「テロのスパイラル」状態を体現するものであった。第Ⅴ章等で鈴村はこの「スパイラル」自体が三島の作品の核心にあり、またこのスパイラルの具現がその死の意図であるとするが、田中新兵衛を演じることは、その一年後に実行される三島によるテロ=割腹自殺の予行演習であり、その意図を語ることにもなった。

Ⅱ・Ⅲ・ⅣおよびⅥ章では、村上春樹、桐野夏生、髙村薫、車谷長吉、町田康、辻仁成、阿部和重、中村文則、上田岳弘、村上龍、大江健三郎、松浦寿輝といった現代日本の文学界を代表する作家の作品を三島の影との対抗関係から読み解いていく。資質的に三島と対極とも言える村上春樹は、その死を「やり過ごす」ように作品に取り入れ、三島の文学を否定でなく「否認」した。私小説作家である車谷長吉は、三島の大きな影響下で作品を書きつつも、私小説における「私」にこだわることを通じて、三島の死に対して生を選んだ。テロを最も主題化している阿部和重は、『ニッポニアニッポン』で描いたように、三島が美学化した日本を「ニッポン」と片仮名書きにして脱構築した。村上龍は、最新作『オールド・テロリスト』の結末で示したように、テロを対他的、自己犠牲的行為でなく、自己の享楽のためのものとして描いた。最も強力な解毒剤は、大江健三郎や松浦寿輝が行った、三島が自決しそびれたパラレルワールドを描くことだとも言える。このように日本の現代作家は、三島がその死によって日本の文学にまき散らした毒の浄化を試みようとした。

しかし、やっかいなのは、スパイラル構造が三島の作品の核心にあるということだ。対抗し距離を置くことが没入に反転するという構造が三島の作品に内在しているとすれば、こうした処方もまた三島の中に用意されていたとも言える。第Ⅳ章で鈴村が指摘したとおり、自己没入的にテロへと向かう者を覚めた目で見る三島が他方でいるということだ。自身の命がけの行為をシニカルに見る視点が内在していたのだ。とすれば、この三島の罠に嵌まりその毒を浴びることでそれへの処方箋を探るという本書の試みは、成功したことになるのかならないのか。なんとも悩ましい気分にさせられる。
この記事の中でご紹介した本
テロの文学史 三島由紀夫にはじまる/太田出版
テロの文学史 三島由紀夫にはじまる
著 者:鈴村 和成
出版社:太田出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「テロの文学史 三島由紀夫にはじまる」出版社のホームページはこちら
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