カフカ後期作品論集 書評|上江 憲治(同学社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月22日 / 新聞掲載日:2016年4月8日(第3135号)

誠実にテクストに寄り添う姿勢日本におけるカフカ研究の層の厚さを示す

カフカ後期作品論集
編集者:上江 憲治、野口 広明
出版社:同学社
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西日本を中心に活動する「カフカ研究会」から、また新たにカフカ研究書が刊行された。既刊の『カフカ初期作品論集』『カフカ中期作品論集』と併せ、これで初期・中期・後期が出揃ったことになる。この三冊に先立って刊行された『カフカと現代日本文学』『カフカと二〇世紀ドイツ文学』も含めると、一九八五年以来、じつに三十年以上にわたって継続されているプロジェクトなのである。出版不況が叫ばれるなか、これだけ息の長い(学術的な)企画が成り立ちうるとは、驚くしかない。本書の存在自体、日本におけるカフカ研究の層の厚さを示すものだと言えるだろう。

この論文集で取り上げられているのは、カフカ最後の短編集『断食芸人』に収録された四つの短編(『最初の悩み』『小さな女』『断食芸人』『歌姫ヨゼフィーネあるいはねずみ族』)と、生前は未刊行に終わった断片的な作品群である。収録されている論文は、書き下ろしもあれば、一九七四年が初出のものもあるが、既出論文は大幅に加筆・修正され、現在の研究水準を踏まえてアップデートされている。いずれも丁寧に先行研究を踏まえたうえでテクスト自体を緻密に――場合によっては一言一句にこだわりつつ――読み解く、オーソドックスな研究論文である。ただ、まえがきではカフカ晩年の伝記的データが簡潔にまとめられており、巻末には詳細な年譜が付されているので、専門知識のない一般読者でも手に取れそうである。また、人名/作品名/事項に分かれた索引の存在もありがたい。読者は自分の関心のあるテーマに即し、読みたいページを開いて読むことができる。

本書の研究テーマや研究手法は、十一人の執筆者ごとに多種多様であるため、まとめるのが難しい。強いて言えば、カフカの作品とカフカ自身を重ね合わせるアプローチが目立つかもしれない。とりわけ『最初の悩み』『ハゲタカ』『ある犬の探求』を論じた有村隆広の三論文に、その傾向が色濃い。そこからは、「書くこと」に身を捧げた孤独な「芸術家」としてのカフカの姿が浮かび上がる。さらに本書が浮かび上がらせるのは、そんなカフカの「語り」がいかに多義的で矛盾をはらんだものであるか、である。たとえば、『歌姫ヨゼフィーネ』を扱った下薗りさの論文から引用するなら、カフカ作品においては登場人物も語り手も、ひいてはテクスト自体さえも「二つのものの間で揺れ動いている」(一五六頁)。本書で引用されている多くの先行研究が、いかに相反する解釈を展開しているかを見わたすと、それだけですでに一種の絶望を感じるほどである。しかし、そこで「要するにどうとでも読める」と匙を投げてしまわず、誠実にテクストに寄り添っていこうとする姿勢が、本書の最大の特色なのである。

本書でやや物足りない点があるとすれば、一九九〇年代以降に世界のカフカ研究において大きな流れとなった文化史的なアプローチやメディア論的な読解に掉さす方向があまり見られないことだろうか。カフカの「ユダヤ人」としてのバックグラウンドとの関連から作品を論じた古川昌文の『歌姫ヨゼフィーネ』論や林嵜伸二の『却下』『都市の紋章』論を例外として、社会的なものに対する視線もやや希薄である。だが、一冊の本にカフカ研究のすべてを詰め込むことが不可能なのは言うまでもなかろう。

あとがきによると、次はいよいよカフカの長編小説の研究が企画されているとのこと。首を長くして刊行を待ちたい。
この記事の中でご紹介した本
カフカ後期作品論集/同学社
カフカ後期作品論集
編集者:上江 憲治、野口 広明
出版社:同学社
以下のオンライン書店でご購入できます
「カフカ後期作品論集」出版社のホームページはこちら
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