日仏「美術全集」史 美術(史)啓蒙の200年 書評|島本 浣(三元社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月23日 / 新聞掲載日:2016年4月8日(第3135号)

美術全集というトポス 
人文学としての美術史のあり方を問う前例のない試み

日仏「美術全集」史 美術(史)啓蒙の200年
著 者:島本 浣
出版社:三元社
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今世紀に入る頃まで、書店の美術書売り場には幾種類もの大型の美術全集が並んでいた。芸術というものに興味を持った十代の頃に、家庭や図書館でそれらを手に取った記憶のある人も少なくないに違いない。しかし、それらは今日ほとんどその姿を消してしまった。なぜ美術全集はなくなりつつあるのか。生活空間の変化、インターネットの普及、教養主義の凋落、いくつかの要因は考えられる。だが著者は、フランスと日本との西洋美術の全集の書誌的調査の上に、それが近代美術という史観の成立とリンクしていたことをあぶり出し、その終焉を現代の多様なアートの出現と説得的に結びつける。

だが、本書の魅力はそれだけではない。美術全集というトポスを設けて日仏を対比させることで、他にも様々なことが見えてくるのである。

初めに検討されるのは、フランスの事例である。ところが読者はいきなり「美術全集」というものの定義の曖昧さに直面させられる。フランスでも美術に関するシリーズ化した本は少なくないにもかかわらず、日本の我々が抱く画集の集合体のような「美術全集」概念はないようなのだ。しかし著者は、一八世紀以降の出版史をたどりつつ、フランスの美術全集というべきものについて書誌的事実を積み上げていく。このあたりは、同じ出版社から出版された著者の前著『美術カタログ論』を彷彿とさせるマニアックぶりである。そしてそこから明らかになるのは、フランスにおける企画が、しばしば初めから全体像を持たず、巻数も内容も行き当たりばったりのように出版されていたという驚くべき事実と、おそらくそれゆえに可能な、美術に関する概説、歴史、美術家の伝記、評論、専門書、全作品カタログといった、一見統一性を欠いた、だが美術に関する人文学的知の総体としての美術全集の姿なのである。それはやがて一九六〇年以降に「形の宇宙」(日本語版「人類の美術」)や「創造の小道」といった、日本でも紹介された内容の濃いシリーズとして結実する。

これに対して、後半で扱われる日本の美術全集は、図版入りの美術史の概説あるいは画集の集合体として、初めから計画的に出版される。その数は戦後だけでも一〇〇種類を越えたというから驚かされる。全集編纂者の世代交代に伴う記述の変化、全集という大きなプロジェクトのための人的関係性、世界美術という概念が孕む問題といった興味深い話題に触れながら、フランスを扱う前半ほどにはその内容に踏み込まないきらいがあるのは、日本の各全集の特色がそれほど強くないということにつきるだろう。日本の美術全集が図版中心に編まれてきたこと、日仏の叢書を比較して日本のそれにはほとんど美術史関係書がないことから、著者は次のようにいう。「日本では美術(史)(日本・東洋美術史も含めて)を人文学的知として認識してこなかったのではないかと思ってしまう」(四四五頁)と。

タイトルからこの本の内容が、単なる書誌的データの蓄積と客観的な記述だと思ったら、それは大きな間違いであることがわかっていただけたのではないか。ここにあるのは、ほぼ近代美術の歴史と重なるこの二〇〇年ほどの間に、日仏それぞれの国で美術と美術史というものが、どのような形で普及させられようとしたのかを通じて、人文学としての美術史のあり方を問う前例のない試みであり、そこにはこれから解明されるべき問題がいくつも垣間見えている。詳細な註が付いた分厚い学術書ではあるが、個人的な体験をちりばめつつ、時に軽妙さを見せる語り口は、この本を美術と美術史を考える啓蒙書としても読むことを可能にしている。美術史はもちろん、出版史、視覚文化史、日仏交流史、近代知識人のネットワークといった問題に興味のある方に広く勧めたい。なお日仏の美術全集の膨大な書誌そのものは、本書には収録されていないが、出版元の三元社のホームページで公開されている。
この記事の中でご紹介した本
日仏「美術全集」史   美術(史)啓蒙の200年/三元社
日仏「美術全集」史 美術(史)啓蒙の200年
著 者:島本 浣
出版社:三元社
以下のオンライン書店でご購入できます
「日仏「美術全集」史 美術(史)啓蒙の200年」出版社のホームページはこちら
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