英語という選択 アイルランドの今 書評|嶋田 珠巳(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年10月14日 / 新聞掲載日:2016年10月14日(第3160号)

英語という選択 アイルランドの今 書評
愛の深さ、心根の優しさ アイルランド英語を考察する著者の眼差し

英語という選択 アイルランドの今
出版社:岩波書店
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「文は人なり」とよく言うけれど、研究にも人柄が出る。『英語という選択 アイルランドの今』の著者はアイルランド南西部の言語コミュニティに飛び込んでいく。土地の空気を吸いながら聞き耳を立て、観察し、セレンディピティーを引き寄せる才能が持ち味だ。

本書が取り扱う話題はふたつある。まず、イギリスの植民地支配を受けていたアイルランドで近代に起きた、アイルランド語(ケルト語派に属するアイルランドの民族語)から英語への言語交替がなぜどのように起きたのかを考察すること。さらにその交替が現代の国民の意識にどんな影響を与えているかを考えること。独立後今日まで、アイルランド語の衰退(現在、教育以外の現場でこの言語を毎日使う人は人口の1・8%しかいない)を食い止め、英語とのバイリンガル国家を目指して実施されてきた言語政策にまで、解説は及ぶ。

もうひとつの話題は、アイルランド語と英語が接触し合う中で生まれた、アイルランド英語の特色を記述すること。国民の多くが「「自分たちのことば」であるところのアイルランド語が話せない」この国にあって、英語をいかにして自分たちのものにするかは切実極まる問題だ。言語とアイデンティティーをめぐるこのねじれに、ジェイムズ・ジョイスやシェイマス・ヒーニーをはじめとする多くの文学者たちが取り組んできた。著者はこの問題に、アンケート調査と英語の語法分析を用いて接近する。

「アイルランド英語の気持ち」がわかるようになるのを喜び、「アイルランド英語全体を形づくっているもの、文法のしくみに、個性をみる」愛の深さに著者の人柄が窺える。また、「喉の渇きが僕の上にやってきた」という意味のアイルランド英語を聞いて、自我が出しゃばらない世界認識が反映しているのを受け取り、「わくわくして、あぁいいなぁと思う」心根の優しさに同感する。普通の英語には見られないこの種の表現は「アイルランド語の翻訳的表現」であり、せんじ詰めれば、「見た目は英語でも、中味はアイルランド語」なのだという。英語の中にしたたかに生き続ける「アイルランドらしさ」の存在を教えられてうれしくなった。

英語用例のこまやかな分析はいたるところで光っている。とりわけ、しばしば文頭に置かれる“’Tis”という表現のニュアンスと起源をめぐる考察は、アイルランド英語の特質の深奥に迫るものだ。鮮やかな分析の手際をぜひ本文にあたって確かめてみてほしい。

そういえば、“’Tis”という表現が印象的に使われた文学作品を思い出した。アイルランド系アメリカ人フランク・マコートの回想録『アンジェラの灰』(ピューリッツァー賞を受賞したベストセラーで、映画化もされた)を覚えておられる読者は多いだろう。じつは、『アンジェラの祈り』というタイトルで邦訳された続編の原題が“’Tis”なのだ。アメリカは素晴らしい国だよな、という問いかけに主人公が「ええ」(土屋政雄訳)と答える場面で、アイルランド英語の好ましさが耳に残る。
この記事の中でご紹介した本
英語という選択 アイルランドの今/岩波書店
英語という選択 アイルランドの今
著 者:嶋田 珠巳
出版社:岩波書店
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