マルグリット・デュラス《幻想の詩学》 書評|蘇芳 のり子(せりか書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月25日 / 新聞掲載日:2016年4月15日(第3136号)

生誕から死後の評価までその人生と仕事を描く

マルグリット・デュラス《幻想の詩学》
著 者:蘇芳 のり子
出版社:せりか書房
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われわれ東洋人がヨーロッパの詩なり小説を読んでいる折に、半ば無意識のうちに自国語で書かれた文学作品を脳裏に浮かべ、それに照らして外国の作品を評価したり、判断したりしていることが多い。異なった文化的背景の中で育ち、文学的教養もまた異なるのだから、ある意味ではそれはごく自然なことでもある。だが意識の上でそれを明確化し、文学研究や文学批評の手法として、外国の作品と自国語の作品を比較し、論ずる対象の作品を照射してその特質、特性を明らかにするということは容易ではない。下手をすると比較という作業はまったく恣意的なものに終わり、文学研究になんら資するところがない場合もある。それが成功するためには、まず当該の外国の作品をしっかりと把握し、比較の物差しとする自国語の作品をも深く読み込んで自家薬籠中のものとしておく必要があろう。その成功例は必ずしも多くはない。

このほど上梓された蘇芳のり子『マルグリット・デュラス〈幻想の詩学〉』は、その稀有な成功例である。著者は早大仏文科卒業後、高校教員を経てニース大学大学院に学び、デュラス研究で博士号を得た篤学の人物である。このたびの本は、審査員一同から高い評価を得たというその博士論文をもとに書き改められたもので、本格的なデュラス研究書として、また日本におけるフランス文学研究のあり方に一石を投じた野心作として、注目に値する。

長年デュラス研究に邁進しその作品を知悉する著者は、彼女の小説に登場する人物たちの〈声〉に耳傾け、それを通じてデュラスの小説の世界を鮮やかに読み解いてゆく。そのための手法として著者が選んだのが「比較詩学」という手法であった。デュラスの小説を解く鍵として、著者の言う「デュラス的語彙」である「眺める」regarder、「待つ」attendre、「憧れ出る」partirといったことばがあることに注目し、それらのことばを、これに呼応する和泉式部の「眺める」、「待つ」、「恋ふる」、「あくがれる」といった、この歌人の歌の核心をなす歌ことばを対比して照射し、デュラスの小説のもつ特性を見事に描き出すことに成功している。デュラスの小説の核心をなす「デュラス的語彙」をしっかりと把握しているのはさすがに専門家だが、それを著者がデュラスと同質性を認める和泉式部の和歌に照らし合わせて、解明を試みるというのは、日本人ならではの独創的な試みだと言える。大胆ではあるが、なによりもその着眼点がよい。しかも、時空を遠く隔てた文学の比較研究であるにもかかわらず、その手法は恣意的なものに陥ることなく的確で十分な説得力をもっている。「本家持ち」の外国文学研究者がともすれば陥りがちな、その国の研究者の驥尾に付して、それをなぞり上塗りするだけの研究とは一線を画した、独自性、独創性豊かなフランス文学論として高く評価できる。フランス現代批評ばかりでなく、日本古典にも並々ならぬ造詣を示す著者ならではの会心の著作であろう。フランス文学の専門家のみならず、東西の文学に関心をもつ一般の読者にも読まれて欲しい一冊である。
この記事の中でご紹介した本
マルグリット・デュラス《幻想の詩学》/せりか書房
マルグリット・デュラス《幻想の詩学》
著 者:蘇芳 のり子
出版社:せりか書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「マルグリット・デュラス《幻想の詩学》」出版社のホームページはこちら
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