ボッティチェリ《プリマヴェラ》の謎 ルネサンスの芸術と知のコスモス、そしてタロット 書評|クリストフ・ポンセ(勁草書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月25日 / 新聞掲載日:2016年4月22日(第3137号)

ボッティチェリ《プリマヴェラ》の謎 ルネサンスの芸術と知のコスモス、そしてタロット 書評
あらたなアプローチによる解釈 その論考の緻密さに興奮をおぼえる

ボッティチェリ《プリマヴェラ》の謎 ルネサンスの芸術と知のコスモス、そしてタロット
著 者:クリストフ・ポンセ
出版社:勁草書房
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自分が日ごろから思いを巡らせている問題に対して、新しい説が出たと耳にする時ほど、複雑な気持ちになることはない。読んでそれがさほど説得力を持つものでなければ、残念に思うと同時にどこか安心している自分がいる。逆にそれが非常に信憑性の高いものであれば、これまでの自らの思索が無駄になったとわかって絶望すると同時に、長年の謎がとけてスッキリと爽やかな気分にもなるのだ。

ボッティチェッリの<ラ・プリマヴェーラ(春)>は、ルネサンス絵画のなかでも、とびきり多くの解釈が提出されてきた作品である。いや、イタリアのルネサンス絵画を学ぶ研究者であれば、ボッティチェッリを専門とするしないに関わらず、その謎を解こうと試みたことのない者などいないと言ってよい。それほどこの作品は難解かつ曖昧で、そしてなにより魅力的なのだ。

この絵画が置かれていたメディチ・リッカルディ宮では、寝台の背板として用いられていたことが、メディチ家のひとりロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ(イル・ポポラーノ)の財産目録からわかっている。彼は1482年に結婚しており、本作をこのための祝婚画とする説がある。

一方、同じウフィツィ美術館にある<ヴィーナスの誕生>は、『美術家列伝』の著者ヴァザーリが<春>と並んだ状態を観るまで、どこにあったのかさえわからない。ただ、多産の象徴であるガマの草が描かれていたりと、出産祈願として描かれた可能性は高い。「プディカ型(恥じらいのヴィーナス)」という伝統的なポーズを採用しているが、実際に同じポーズで立ち続けることは不可能であり、つまりは古代に範をとりながらも、あらたに理想化されたヴィーナス像であることがわかる。

両作品を、一人の注文主の依頼による一対の作品と考える研究者の間では、<誕生>の裸体のヴィーナスを「天上の愛(精神的な愛、信仰の愛)」、<春>の花園のヴィーナスを「地上の愛(物質的な愛、肉体の愛)」とする解釈が多くの支持を集めている。これはルネサンス・ネオ・プラトニスムに基づいた考えであり、ティツィアーノの<聖愛と俗愛>の解釈もこれに準じている。

しかし一方で、両作品のサイズは微妙に異なり、さらには<春>が板絵であるのに対し、<ヴィーナスの誕生>は布(カンヴァス)画による最初期の作例のひとつである。これは対幅をなす二作品としては奇妙なことであり、さらに1499年に作成されたメディチ家の財産目録には<春>の記述しかなく、よって最初は一対ではなかった可能性がきわめて高いのだ。

今回、クリストフ・ポンセによって提起されたのは、タロットの図像と<春>との関連についてである。占いなどに使うあのタロットだが、もともとはトランプに似たカード・ゲームであり、ルネサンスのフィレンツェで始まったとされる。その系譜上にある「マルセイユ版」なるタロットには謎めいた図柄も多いのだが、ポンセはそのなかの特に「恋人」のカードに、ロレンツォ・デ・メディチ(イル・マニフィコ)によるソネットや、フィチーノらメディチ家における哲学サークルの思想家による文献との関連性を見出すのだ。

その推論の証明過程と結論がいかなるものかは本書をお読みいただきたいが、フィレンツェ版タロットが現存しないこと、考察対象となる図像の伝統との比較、さらには同時代の関連図像との比較といった、美術史分野であれば当然なされるべき論証が少ないことなどから、率直に言って読後に絶望を感じることはなかった。しかしそのかわりに、その論考の緻密さは実に楽しく、またこのようなあらたなアプローチによる解釈がいまだに提起されたことに興奮をおぼえた。

本書の監修者であるヒロ・ヒライ氏、コラムを担当した原基晶氏、根占献一氏といった西洋思想・文学の一流の専門家に囲まれながら、本書が豊岡愛美氏という若手による堂々たる翻訳であることも、特筆すべきこととして記しておきたい。(豊岡愛美訳)
この記事の中でご紹介した本
ボッティチェリ《プリマヴェラ》の謎 ルネサンスの芸術と知のコスモス、そしてタロット/勁草書房
ボッティチェリ《プリマヴェラ》の謎 ルネサンスの芸術と知のコスモス、そしてタロット
著 者:クリストフ・ポンセ
出版社:勁草書房
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