季節の民俗誌 書評|野本 寛一(玉川大学出版部)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年10月14日 / 新聞掲載日:2016年10月14日(第3160号)

季節の民俗誌 書評
「土の匂い」あふれる民俗誌 
人びとの息遣いを感じさせる経験や伝承が随所に顔を出す

季節の民俗誌
出版社:玉川大学出版部
このエントリーをはてなブックマークに追加
雪、あるいは冬と人びとの関わりに重きをおいて、季節変化に対応するための生活知や、その背景にある心意を、数多の聞き書きから描き出す本書は、序論で著者の思いとして触れられているように「土の匂い」にあふれている。大学で教鞭をとっていた著者から教えを受けていた私にとって、実は「土の匂い」という表現は耳慣れた表現でもある。当時、通っていた北海道北部の開拓地での聞き取りの内容をゼミで報告すると、しばしば、もっと土の匂いがするような聞き書きをするようにと発破を掛けられたからである。

土の匂いがする民俗誌とはどのようなものだろう。重たい表現として著者が受けとめている「山菜のキドさで冬の穢れを落とす」という語りがその一端を示していようか。山菜に春を感じることは、消費社会のなかで生きる私たちの生活においても珍しいものではない。それだけに、なじみのある生活感覚として、そこで思考がとまってしまいがちだ。かつて降雪により周囲との行き来が困難になったむらに暮らした人びとが感じていた、キドい(クセがある)山菜を食べることで冬籠りの間の体調不良や閉塞感から解放される喜び、といった心持まで目配りすることは、思いのほか難しいのである。そうした、人びとの息遣いを感じさせる経験や伝承が本書の随所に顔をだす。そして、自らのうちに潜む生活感覚へと読み手をいざなうのだ。そういえば、自分はこんなふうに季節の移り変わりを感じていたな、それはどのような生活様式に根差しているのかなと。ここに、季節の循環にそって繰り広げられる人びとの営みや生活知、それらと連動する年中行事や信仰心意を伝えるに留まらない本書の問題提起力があるように思う。

住まいの構造が変わり、労働の内容が変わり、身近な自然の様相が様変わりした今の若い世代には、著者が目を凝らし、丁寧に掘り下げた季節対応の民俗や暮らしのあり方は、時間的にも空間的にも遠くの出来事に感じる人もいるかもしれない。けれども、それは季節との断絶を意味するわけではない。北海道の内陸部、住宅街に生まれ育った私にとって、思いきり息を吸い込むと鼻の穴がくっつくような寒さのなか、足下の雪をキュッキュッと踏みしめての通学は真冬の象徴だった。真冬は物置の屋根に上って遊べる時期でもあり、やがて積雪が軒先よりも低くなり、雪遊びの最中に防水仕様の外着がすぐに濡れて浸みるようになると、かなたに春が見える冬に変わる。

時期と土地に応じた雪質の違いに関する知識それ自体はただの雑学にすぎない。多くの大人は知っている。けれども、それが雪道の運転でのブレーキの踏み方、雪質による除雪労力の違いなど経験を通じて認識されるとき、現在の生活体系の構成要素として立ち現れてくる。農山村の過疎化のなかで豪雪を理由に転出する人や、逆に冬の楽しみを求めて雪国へ移住する人もいることを鑑みると、雪と冬が私たちの生き方に与える影響は小さくないのである。土の匂いのする季節の民俗とは質感が異なるその営みには、どのような暮らしの匂いがあるだろうか。
この記事の中でご紹介した本
季節の民俗誌/玉川大学出版部
季節の民俗誌
著 者:野本 寛一
出版社:玉川大学出版部
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
土田 拓 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >