コロボックルに出会うまで 自伝小説サットルと『豆の木』 書評|佐藤 さとる(偕成社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 文学
  5. 日本文学
  6. 随筆・エッセー
  7. コロボックルに出会うまで 自伝小説サットルと『豆の木』の書評
読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月26日 / 新聞掲載日:2016年4月22日(第3137号)

コロボックルに出会うまで 自伝小説サットルと『豆の木』 書評
さながら戦後児童文学の裏面史 
デビュー作刊行までを描いた自伝的小説

コロボックルに出会うまで 自伝小説サットルと『豆の木』
著 者:佐藤 さとる
出版社:偕成社
このエントリーをはてなブックマークに追加
一九五九年、それまで短編童話が主流だった日本の児童文学は、大きな転換期を迎える。佐藤暁の『だれも知らない小さな国』を始め、いぬいとみこの『木かげの家の小人たち』、翌年には山中恒の『赤毛のポチ』、松谷みよ子の『龍の子太郎』、今江祥智の『山のむこうは青い海だった』など、今日まで読み継がれている錚々たる長編児童文学作品が次々と登場してきたのだ。こうして、日本児童文学の現代が始まる。

この本は、児童文学の黎明期を担った一人、佐藤さとるが、工業専門学校の建築科を卒業後に、デビュー作を刊行するまでを描いた自伝的小説である。

主人公の名は、加藤馨(カトウカオル)。本名の佐藤暁(サトウサトル)と音が似ていることから、佐藤が初期に使っていたペンネームである。そして作中の筆名は、佐藤暁。つまり、この作品の中では、本名とペンネームが現実と入れ替わっている。著者は、この「目眩ましの秘法」によって、自伝でありながら事実とフィクションの違いに捉われずに、自由に創作できたと手の内を明かす。もっとも、この秘法は佐藤作品の魔術的テクニックでもあって、これまでもいくつかの作品に見ることができる、現実とファンタジー世界をつなぐ回路にもなるのだ。

海軍軍人だった父がミッドウェー海戦で戦死し、若くして一家を支えなければならなかった馨は、卒業するとすぐに横浜市役所に就職する。明治から昭和にかけての激動の時代を生きた父親については、佐藤はその評伝小説『海の志願兵 佐藤完一の伝記』(偕成社)にまとめている。ちなみに、著者の十代後半から二十代にかけて、戦中の横須賀から旭川疎開、横浜に戻っての敗戦後の苦難については、やはり自伝的小説『オウリィと呼ばれたころ』(理論社)に詳しい。つまり本書は、この続編にあたる。

市役所の体育課体育施設係に配属された馨は、面接試験で神奈川新聞に童話が掲載されたことを話したことから、広報紙の担当を任される。そのころ、後藤楢根が主宰していた『日本童話会』の機関誌『童話』の投稿仲間の一人、長崎源之助と出会う。長崎は馨の四歳年上で、古本屋をやりながら子ども会を主宰し、子どもたちから「源ちゃん」と呼ばれていた。その後、馨も長崎を「源ちゃん」と呼び、長崎は馨のことを「佐藤くん」とか「サットル」と呼び合う仲になる。主人公の馨をのぞいて、登場人物はすべて実名である。馨も、仲間からは「佐藤くん」か「サットル」と呼ばれるから違和感はない。

長崎は、後藤楢根に、当時『たまむしのずし物語』を発表して人気絶頂の童話作家、平塚武二が横浜市内に住んでいることを教えられる。そこで二人は、武二宅を訪ね、以来、たびたび武二宅を訪れ、日本童話会の研究会仲間、神戸淳吉、乾冨子(後の、いぬいとみこ)画家の池田仙三郎らも加わって、独特な文章指導をしてもらう。それがなかなか巧妙で、格好の童話創作指南のようにも読めるから貴重だ。武二に見てもらうために清書した旧作が、本文中に挟み込まれる。それに対するアドバイスも、なるほどと思う。こういう子弟のやり取りがあったのかと、後の日本の児童文学を担うことになる若き作家たちのエネルギーのほとばしりも素晴らしい。武二のすすめで、このメンバーと童話同人誌『豆の木』を創刊する。

馨はその間、一足しか持ち合わせていなかった靴が壊れたため、下駄で役所に出勤し、上司から非難される。就業規則に下駄出勤禁止とはないから理不尽と思った馨は、怒って辞表を提出して自宅でたまたま着想が浮かんだ長編にチャレンジする。ところが辞表は受理されず、かわりに市立の中学校教師に派遣される。そこで将来の奥さんとも出会うのだ。

戦後の動乱期の生活文化や風俗も巧みに取り込み、馨を中心にすえた童話作家予備軍のやりとりは、さながら戦後児童文学の裏面史でもある。そしてまた、コロボックルシリーズの生成過程のドキュメントでもある。コロボックル・ファンのみならず、縦横に楽しめる一冊だ。この後「コロボックルに出会ってから」が書き継がれると裏面史は完結するから、それも楽しみだ。
この記事の中でご紹介した本
コロボックルに出会うまで 自伝小説サットルと『豆の木』/偕成社
コロボックルに出会うまで 自伝小説サットルと『豆の木』
著 者:佐藤 さとる
出版社:偕成社
以下のオンライン書店でご購入できます
「コロボックルに出会うまで 自伝小説サットルと『豆の木』」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
野上 暁 氏の関連記事
佐藤 さとる 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 日本文学 > 随筆・エッセー関連記事
随筆・エッセーの関連記事をもっと見る >