ヒマラヤの東 山岳地図帳 書評|中村 保(ナカニシヤ出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月26日 / 新聞掲載日:2016年4月22日(第3137号)

ヒマラヤの東 山岳地図帳 書評
待ち望んだ踏査行の総合的な報告 
チベット地域理解の最良のガイドに

ヒマラヤの東 山岳地図帳
著 者:中村 保
出版社:ナカニシヤ出版
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ヒマラヤ山脈の東側、チベット高原の東南部はごく最近までほとんど知られていない地図の空白部だった。成都とラサをむすぶジェット旅客機が上空を飛び、人工衛星が精密な画像をもたらす現代にそんなことはあり得ないと思われるだろう。しかし、地図や空中写真が軍事機密として非公開、険しい山岳地帯で地形は複雑、登山や学術調査も制限され、地元の住民は北京政府に反抗的という条件がそろうと、世界でもまれな、知られざる「地図の空白部」が残った。しかし、その場所の地図がようやく誰でも見ることができる形で出版された。

著者の中村保氏は、大学山岳部で活躍したが、その後は海外でビジネスマンとして登山とは無縁の生活をしていた。ところが、定年間近の一九九〇年から、毎年(時には年に数回も)この辺境の山岳地帯を踏査し続けた。未知の谷筋をたどり、峠を越えて、別の谷に抜け、これまで報告がなかった地域の山岳や氷河・人びとの実態を明らかにしてきた。この踏査行は組織に頼ることなくすべて個人旅行としておこなわれ、さまざまな苦労があったという。

踏査報告は、つぎつぎと刊行されたが、英語に堪能な中村氏は、海外の山岳会誌にも毎回報告を載せた。その報告を読んだ世界の登山家たちは驚きの声をあげた。チベットの辺境に氷河をまとった六〇〇〇メートル級の登攀意欲をそそる美しい処女峰が無数に存在することが明らかになったからである。それらのピークの初登頂競争が欧米の登山家を中心に始まった。海外の登山界・地理学界は、この踏査を高く評価し、総合的な報告の出版を待ち望んだ。それに応えたのが今回の地図帳である。したがって解説文は、英語・日本語・中国語で書かれている。踏査を始めてから二五年が過ぎていた。

地図帳の中身は、ブータン国境やミャンマー国境から四川省・雲南省におよぶ広大なチベット東南部の山岳地域(著者はチベットのアルプスと呼ぶ)の、山域ごとの地図と解説、多数のカラー写真である。山域ごとの地図は、五一葉あり、多くは一五~二〇万分の一の縮尺、基図にはソビエト崩壊後公開された、空中写真を使った二〇万分の一の地図が使われたので、地形は正確である。そこに踏査による現地情報が加えられた。

解説記事中の山やまを、美しい写真を見ながら一つ一つ地図で確認しながら読み進むのは楽しく興奮する作業だった。それによって、チベット高原の東半分の山やまや氷河を俯瞰するように理解することができた。チベット高原とその周辺部のトレッキングや登山は、中国の政治状況によって最近とても困難になっている。さまざまの衛星画像・情報によって地域の把握は容易になっているが、山名もわからず、地上写真もない状態では、調べる「とっかかり」が得られず山やまの理解は進まない。本書はそのための最良のガイドになる。チベット地域の理解を一段と進めることが可能になろう。

定年後、長年、未探検地域を踏査し、その結果を地図と関連資料の出版という形で、世界に誇る成果を挙げられた中村氏は平成の伊能忠敬のようである。
この記事の中でご紹介した本
ヒマラヤの東 山岳地図帳/ナカニシヤ出版
ヒマラヤの東 山岳地図帳
著 者:中村 保
出版社:ナカニシヤ出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「ヒマラヤの東 山岳地図帳」出版社のホームページはこちら
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