ピアノ、その左手の響き 歴史をつなぐピアニストの挑戦 書評|智内 威雄(太郎次郎社エディタス)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月26日 / 新聞掲載日:2016年4月22日(第3137号)

左手のピアニストの道を切り拓く 
読者に様々な刺激を提供してくれる

ピアノ、その左手の響き 歴史をつなぐピアニストの挑戦
著 者:智内 威雄
出版社:太郎次郎社エディタス
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「左手のピアニスト」というと、フィンランドと日本を拠点に活躍する演奏家、舘野泉を思い出す人もいるのではないだろうか。彼は2002年に脳溢血で倒れたことで右半身不随となり、その後、左手で演奏する演奏家として再起を果たしたが、この『ピアノ、その左手の響き』の著書である智内威雄も、ちょうどそれと同じ頃、2001年に「脳の指令どおりに特定の筋肉を動かせなくなる」局所性ジストニアを発症し、両手での演奏を諦めざるを得なくなった。それまでと同じように手や指を動かそうとすると誤作動を起こしてしまうこの症状を解決するため、「指一本を動かすことからはじめ」、リハビリに取り組むが、「これで完治した」と医師に告げられたその「完治」は、ピアノを元のように弾ける、という意味ではなく、日常生活を再び問題なく行える、という意味だったことを知り、愕然としたという。そこから模索が始まり、左手のピアニストの道を切り拓く。しかも単に演奏するだけではなく、持ち前の探究心を発揮し、通称「左手のアーカイブ」とよばれる、左手のための曲の演奏を録画した映像や楽譜を集めたサイトを作ってしまう。また、アーカイブをみることで自身も演奏したいと考える人たちのため、そうした曲に取り組む際の教育のシステムも作り上げようとしている。本書は、そうした彼の自伝的エッセイといえる。

自伝的エッセイとはいっても、本書はただの覚書きや日記、といった類のものではなく、読者に様々な刺激を提供してくれることだろう。彼が病を発症してからのことについて書かれているのは全8話のうち第6話以降の部分であり、それより前の部分には彼の日本における学習や海外における留学経験が載せられており、いずれの部分においても、彼の生々しい体験が飾りなく記されている。それゆえ、音楽の勉強をより深めたいと考える読者にも、また留学を検討している読者にも、そして彼と同様の、あるいは彼とは異なる病を抱えている読者にも、何らかの示唆を与えてくれるに違いない。彼の病との対処の方法は、それ以前の彼の音楽に対する姿勢や生き方に、まさに直結したものといえる。

ところで、左手のために作曲されたピアノ曲は、他のピアノ曲と比較すると何か「欠けた」もの、つまり残念な代物であろうか。それを考えるには、連弾曲を思い浮かべてみると良いかもしれない。ピアノのソロ作品と比較した場合、連弾曲の方が必ずしも魅力的な作品とはいえないのではないか。連弾曲は演奏に豪華さや厚みをもたらすことができるかもしれないが、その反面、多くのノイズ(雑音)も伴う。左手のための作品と両手のための作品の関係にも同様のことが当てはまるに違いない。

調性の使用であれ、作品の形式であれ、作曲家は作品を書く際に、誰から何を強制されるわけでもないにも関わらず、何らかのルール、つまり制限を設けて作曲する。左手だけを用いること、そして親指から小指までのそれぞれの指がもつ特徴、それらは作曲する際、制限であると同時に新しいものを生み出すための新たな枠組み、つまり扉となるはずだ。

ラヴェルの『左手のための協奏曲』やブラームス=バッハの『シャコンヌ』、スクリャービンの『左手のための2つの小品Op.9』等、かつて、やはり彼と同じように右手を負傷したピアニストのために書かれた名曲は枚挙に暇ないが、先に挙げた舘野泉が新作を委嘱したことで、左手のための曲がここにきて続々と生み出されて続けている。

智内が本書で語っているように、まずは曲が聴衆の耳に届くところから始まれば、その魅力を享受した人がやがて新たな演奏者にもなるだろう。舘野や智内による演奏や活動は、限られたレパートリーに縛られがちな私たちに、新しい何かをもたらしてくれるのではないだろうか。
この記事の中でご紹介した本
ピアノ、その左手の響き  歴史をつなぐピアニストの挑戦/太郎次郎社エディタス
ピアノ、その左手の響き 歴史をつなぐピアニストの挑戦
著 者:智内 威雄
出版社:太郎次郎社エディタス
以下のオンライン書店でご購入できます
「ピアノ、その左手の響き 歴史をつなぐピアニストの挑戦」出版社のホームページはこちら
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