フランシス・ベーコン 感覚の論理学 書評|ジル・ドゥルーズ(河出書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月29日 / 新聞掲載日:2016年5月6日(第3138号)

フランシス・ベーコン 感覚の論理学 書評
絵画のなかで内在的に遂行される徹底的な闘いの記録

フランシス・ベーコン 感覚の論理学
著 者:ジル・ドゥルーズ
翻訳者:宇野 邦一
出版社:河出書房新社
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何もない空間に、何も描かれていない面が浮かんでいるとしよう。創作者として、まっさらな面を前にするとき、悠々と作業を始めることができるのか、それとも、まっさらであるがゆえの困難を見出して畏怖の念を抱くのか。この分岐が本書の賭金であり、ドゥルーズの答えはもちろん後者である。困難の原因はおおよそ次のようなものだ。1、この面上ではどんな線であれ、どんな色彩であれ、あらゆることが等しく可能であるように思えてしまうがゆえに、どこから手をつけてよいか分からない――最小の方向決定をし、作業開始するには、この平面のなかに不均衡を導入し、すべての可能性が等しく価値をもつ状態を崩さなければならない。が、しかしどうやって? 2、まっさらな面に立ち向かう人間には、それまで触れてきたありとあらゆる紋切型、歴史的な定型がしみついており、このとき自由とはクリシェの反復以外の何ものでもない(この意味で、まっさらな面など決して存在しない)――それゆえ、習慣化された身ぶりを行ってしまう身体に抗して当の身体をもちい、自動運動を行ってしまう脳に抗して当の脳じたいによって闘うことが必要である。が、しかしどうやって? 3、まっさらな面上には、たんなる「可能性」が存在しているばかりであるが(ここにも、あそこにも線を引く可能性がある)、作品とは、実現された「事実」へと移行することにほかならず(この線でしかありえない)、しかも他様ではありえないこの精緻で繊細な必然性が、論理的な計算と紋切型を越えたその先で、神経系に直接衝撃を与えねばならない――そのためには厳格で緻密な準備によって、可能性の範疇にすら入っていなかった絶対的な偶然と必然的に出会う必要があろう。が、しかしどうやって?

この三つの問題は、概念の芸術家であるドゥルーズが取り組んできた、哲学、芸術、政治における創造的実践の条件を問うものだ。そこには公式化しうるような一般的な解法も、完璧な正解もない。ただ、この問題を前にした格闘のありようと、暫定的に開発された独創的であったり、凡庸であったりする出口が、作家としての資質を残酷にも決定してしまうだけだ。

セザンヌ、クレー、ポロックらの画家ばかりでなく、美術史家、作家、哲学者とともに、『フランシス・ベーコン 感覚の論理学』(ルイス・キャロル論『意味の論理学』と鏡写しの題名)が描き出すのは、まさに絵画のなかで内在的に遂行される徹底的な闘いの記録である。たとえば、ベーコンの絵画のなかで〈図 像〉(=人物)が、円形の舞台によって孤立させられるのは、人物が存在しているだけで生まれてしまう物語性、象徴性、説明性、現実再現性をきっぱり断ち切るためである。加えて〈図像〉とそれを取り囲む〈単色面〉とのあいだには、図と地の判然たる区分に抵抗するエジプト的な「浅い奥行」があるが、このときドゥルーズが〈単色面〉(カオス)と〈図像〉(人物)とのあいだに見出すのは、歪形と形態の過激な闘いであり、その帰結が、顔を横殴りにされつつ、かろうじて形態を残す一連の肖像画だというのだ。かくしてドゥルーズは絵画の形式的な分析を、力動的な地勢図へと鮮やかに変貌させてゆく。ほかにも、肉と骨、色彩と骨組、手と目、近接視と遠隔視など、絵画上の闘いを挙げていけばきりがない。

肉、骨、口、手、目、脳、身体、言語、精神……の生成変化を通して浮上してくるのは、権力に取り囲まれた人間の身体と精神の根本的な造り替えであり、その基底には、器官なき身体やカオス、内在や脳の問題圏が横たわっている。この意味で『フランシス・ベーコン 感覚の論理学』は、『千のプラトー』から『哲学とは何か』にかけてのドゥルーズの核心部を凝縮して示す書物でもあるのだ。今回の新訳は、著作同士の連繋を明確に示す緻密に考え抜かれた訳文によって、日本語圏における本書の受容を決定的に塗り変えることになるだろう。(宇野邦一訳)
この記事の中でご紹介した本
フランシス・ベーコン 感覚の論理学/河出書房新社
フランシス・ベーコン 感覚の論理学
著 者:ジル・ドゥルーズ
翻訳者:宇野 邦一
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「フランシス・ベーコン 感覚の論理学」出版社のホームページはこちら
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