翻訳者あとがき讃 翻訳文化の舞台裏 書評|藤岡 啓介(未知谷)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月29日 / 新聞掲載日:2016年5月6日(第3138号)

翻訳者あとがき讃 翻訳文化の舞台裏 書評
すばらしきオマージュの歴史 
――贅沢でややフェティッシュな本――

翻訳者あとがき讃 翻訳文化の舞台裏
著 者:藤岡 啓介
出版社:未知谷
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料理の前菜、映画の予告編、ライナーノーツ……ときとして私たちは「メイン」の引き立て役にすぎないイントロや解説に魅了され、深い愛着を抱いてしまう。中でもファンが多いのは、本のあとがきだろう。書物を手に取ると、まずはあとがきをめくってしまうという読者は多い。中身を伝えるだけでなく、その書物をどう読んで欲しいかを手引きする。大袈裟に言えば、時代の出版文化とひいては知のあり方そのものが凝縮された形で詰まっているのがあとがきなのだ。

そんな知のエッセンスたるあとがきばかりを集めた贅沢でややフェティッシュな本が出た。『翻訳者あとがき讃』は、外国文学の作品に付された訳者あとがきの「名作」を紹介する本である。日本の近代文化の土台が翻訳によって形成されたという編者の言には誰も異論をはさまないだろう。その一方で、私たちがふだん使う日本語は絶えず変化し、訳文のスタイルもさまざまな変遷をとげている。時代順に並べられた翻訳者のあとがきを通覧すると、外国文化に対する私たちの態度の移り変わりを読み取ることができて興味深い。

本書がカバーするのは、二〇世紀から二一世紀にかけてのほぼ百年。一九一五年に堺利彦の翻訳/翻案で出版された「ジツケンズ『オリヴァー・ツゥイスト』」の「はしがき」から始まり、村岡花子、戸川秋骨、平井肇、渡邊一夫、中野好夫、河盛好蔵、大久保康雄、澁澤龍彦、矢川澄子、野崎孝、米川正夫、小野寺健、沓掛良彦とそうそうたる面々の仕事が並ぶ。こうして見ると、現在主流となった「あとがき」が定着したのは一九五〇年前後で、それまでは「序」や「はしがき」という形式が多かったようだ。

収録された「あとがき」の中で文章としてもっともすばらしいと筆者が思ったのは、貝塚茂樹による『論語』訳への解説である。淡々としつつ慎重で、誠実で、かつ明晰。書き手の微妙な心情も盛りこまれる。見事なバランスだ。大久保康雄による『風と共に去りぬ』解説中の「十九世紀ロシア的深さは、とうてい二十世紀アメリカ的浅さを理解しえない」という一節も印象に残る。読ませるあとがきと言えば、「長年『嵐が丘』に抱いていた疑問を追求して回答を出すために、この翻訳に挑戦した」との言で始まる小野寺健の解説。個人の印象を出発点としながら立派な作品論となっている。鈴木主税による『博士と狂人』のあとがきはミステリータッチで、本文を読まずにはいられなくなる。全体に慇懃な姿勢が目立つ中、先行訳への厳しい批判を含んだ沓掛良彦による『痴愚神礼賛』へのあとがきはその学問的な真摯さが際立つ。

本書では、それぞれの執筆者について編者が簡単な解説をつけている。いわばあとがきのあとがきなのだが、これがなかなかいい。編者の専門でもあるロシア関係の学者・翻訳者たちに対してはなるほど深い愛着が感じられるが、英文学者・中野好夫へのオマージュも熱い。考えてみればあとがきは本来的にオマージュ的なのもの。それを集めた本書に、敬意と、愛情と、失われつつある文化を懐かしむいくばくかの哀惜の念とが感じられるのも当然なのだろう。
この記事の中でご紹介した本
翻訳者あとがき讃 翻訳文化の舞台裏/未知谷
翻訳者あとがき讃 翻訳文化の舞台裏
著 者:藤岡 啓介
出版社:未知谷
以下のオンライン書店でご購入できます
「翻訳者あとがき讃 翻訳文化の舞台裏」出版社のホームページはこちら
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