越境と覇権 ロバート・ラウシェンバーグと戦後アメリカ美術の世界的台頭 書評|池上 裕子(三元社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月29日 / 新聞掲載日:2016年5月6日(第3138号)

越境と覇権 ロバート・ラウシェンバーグと戦後アメリカ美術の世界的台頭 書評
大いなる越境者ラウシェンバーグ 
貴重な資料を渉猟した世界美術史の労作

越境と覇権 ロバート・ラウシェンバーグと戦後アメリカ美術の世界的台頭
著 者:池上 裕子
出版社:三元社
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本書は、戦後アメリカ美術の気鋭の研究者である池上裕子氏が、イェール大学に提出した博士論文をもとに刊行した『TheGreatMigrator:RobertRau―schenbergandtheGlobalRiseofAmeri―canArt』(TheMIT
Press,2010)の日本語版である。コラージュ/アッサンブラージュの原理に基づいて、日常品や大衆文化のイメージを取り入れた「コンバイン」で知られるロバート・ラウシェンバーグは、一九六四年のヴェネツィア・ビエンナーレにおいて、アメリカ人として初の国際絵画大賞(グランプリ)を受賞した。「アメリカ美術の勝利」を象徴するとされるこの出来事が起こったのは、ラウシェンバーグが、同年に行われたマース・カニングハム・ダンス・カンパニーの世界ツアー(十四ヶ国三十都市)の美術監督として、ヴェネツィアを訪れていた最中のことである。

このように、「大いなる越境者」ラウシェンバーグの「越境」は、アメリカ美術の「覇権」と密接に結びついていた。本書は、その鍵となるくだんの一九六四年の世界ツアーでラウシェンバーグが訪れた四都市(パリ、ヴェネツィア、ストックホルム、東京)に焦点を当て、各都市の美術界がどのようにラウシェンバーグとアメリカ美術に向き合ったのかを、アーカイヴの貴重な一次資料などを丹念に渉猟し、インタヴューも精力的に行いながら浮かび上がらせた労作である。

この四都市にはそれぞれ、ラウシェンバーグの熱心な支援者がいた。パリの画商イリアナ・ソナベンド、ヴェネツィア・ビエンナーレのアメリカ館コミッショナーを務めたアラン・ソロモン、ストックホルムのモデルナ・ミュジート(近代美術館)館長ポントゥス・フルテン、東京では美術批評家の東野芳明である。本書の主役は、ラウシェンバーグ本人と同じくらい、(あるいはそれ以上に)こうして美術家を取り巻いて連携した越境的な「チーム」であり、このような「チーム」がアメリカ美術の覇権確立において決定的な役割を果たした。ヴェネツィア・ビエンナーレでラウシェンバーグにグランプリを取らせるためにソロモンが仕掛けた熾烈な外交戦と展示・広報戦略(ちょうどその時にヴェネツィアで、ラウシェンバーグが美術を担当したカニングハムの舞台が上演されたのは、ソロモンの戦略の一つである)は、本書でスリリングに活写されているが、これもフランス美術の覇権の切り崩しに同調するイタリア美術界の支持があればこそであった。こうして本書が描き出そうとするのは、修正主義の論者が主張するような文化の一方的な押し付け(文化帝国主義)としてではなく、「受け手側の主体的な働きかけを伴う双方向的な現象」としての「世界美術史」の文脈におけるアメリカ美術の台頭である。

ただ、国際美術シーンにおいて、アメリカ(中心)とその他の都市(マイナー)との関わりが「双方向的」であったとしても、著者も言うように、その力関係は極めて「非対称」にならざるを得なかった。東野が企画して草月会館ホールで行われた公開質問会では、ラウシェンバーグは、篠原有司男や小島信明ら日本の美術家の質問には一切答えず、黙々と公開制作を続けた。篠原のイミテーション・アートには、その不完全な模倣と複数性をもって、オリジナルたるラウシェンバーグを攪乱する可能性があったかもしれない。しかし、世界を旅することによって、ラウシェンバーグの美術の素材は豊かにこそなれ、制作方法(コラージュ/コンバイン)は基本的に変わらなかったため、ローカルな現代美術がラウシェンバーグの美術そのものを変えるまでには至らなかった(むしろ小島の作品の方がジャスパー・ジョーンズに影響を与えたといえる)。ローカル(マイナー)から中心に向かう影響のベクトルは、その反対方向に比べて弱く、覇権の中心を逆に強化さえしたのである。それゆえ、(一九六〇年代の)戦後美術史のカノンを内側から「脱中心化」するのは容易ではないだろう。

なお、ストックホルムのモデルナ・ミュジートが購入したラウシェンバーグの代表作《モノグラム》と、当地で行われたパフォーマンス《エルギン・タイ》とを関連づけた分析は秀逸であり、著者による作品分析をもっと読んでみたいように思う。また、一九六四年の世界ツアーの延長線上に発展した一九八〇年代の国際交流プロジェクトRau―schenberg Overseas Culture Interchange(ROCI)については、終章で短く触れられているだけなので、詳しい論述が待たれる。

本書は、本格的な学術書でありながら、読物としても非常に面白く、一気に読ませる力がある。研究者だけではなく、一般の読者にもお勧めしたい。
この記事の中でご紹介した本
越境と覇権  ロバート・ラウシェンバーグと戦後アメリカ美術の世界的台頭/三元社
越境と覇権 ロバート・ラウシェンバーグと戦後アメリカ美術の世界的台頭
著 者:池上 裕子
出版社:三元社
以下のオンライン書店でご購入できます
「越境と覇権 ロバート・ラウシェンバーグと戦後アメリカ美術の世界的台頭」出版社のホームページはこちら
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