政治思想家としてのグルントヴィ 書評|オヴェ・コースゴー(新評論)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月30日 / 新聞掲載日:2016年5月13日(第3139号)

政治思想家としてのグルントヴィ 書評
「民衆」概念の現代的意義を強調 
政治教育の重要性についても多くの示唆を与える

政治思想家としてのグルントヴィ
著 者:オヴェ・コースゴー
出版社:新評論
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かつて、ルドルフ・へべルレ『民主主義からナチズムへ』を訳出する際に、デンマークと国境を接する北ドイツのシュレスヴィッヒ・ホルシュタイン州における農民が、農業危機を契機にナチズムの危機解釈を受容し、いち早くナチズム支持へ転換したのに対して、同じような状況の中でナチズムの危機解釈を拒否したデンマーク農民との差異に強い関心を持ったことがあるが、デンマークの国民にはそれを拒否するに足るグルントヴィの伝統が根づいていることを学んで、納得したことがある。

たしかに、内村鑑三『デンマルク国の話』は、プロイセンとオーストリア連合国との戦争に敗れてスレースヴィ公国(シュレスヴィッヒ)とホルステン公国(ホルシュタイン)を奪われた「デンマークの復興を願う工兵士官ダルガスが、デンマークの領土の半分以上を占めるユトランドに植林を行って沃土となし、外に失った国土を内に求めようとする苦心を描いたもの」であるが、そこにはグルントヴィの名前は出てこない。しかし、この困難な状況を乗り越えようとするデンマークの人々に、グルントヴィの伝統を認めていたことは確かである。

一般的に、グルントヴィは、デンマークの復興をはかるために、「民衆の言葉による生きた教育を実践し国民の精神育成をするフォルケホイスコーレ(国民高等学校)の設立を提唱した人物」として著名であるが、本書では、彼は、教育者であるばかりでなく、詩人であり、歴史家であり、なによりも「過去160年において、最も多く言及されたデンマークの政治家の一人」でもあったことから、「規範的な政治的問題の領域への関心」という点で、J・ロールズ、J・ハーバマス、H・アーレントたちに「非常に近い」政治思想家であるととらえ、彼の政治思想家としての側面に焦点が当てられている。

本書は、第1部「政治思想家としてのグルントヴィ」と、グルントヴィ自身の詩、講義、講演、演説を含めた第2部「関連するグルントヴィのテキスト」という二部構成をとっているが、末尾に、読者の理解を深めるための優れた「訳者による解説」が付されている。

本書は、グルントヴィの政治理論の核を、国民形成ととらえている。彼の生きた社会は、第一身分の聖職者、第二身分の貴族、第三身分の市民、第四身分の農民として区分された身分社会であり、民衆(folk)という言葉は、4番目の身分としての農民、村人、下僕を表すものであった。しかし、彼は、歴史研究に基づいて、身分概念を乗り越え、民衆を、第4身分としてではなく、デンマークの全ての人々を意味する広義の概念へと組み替えて行く。すなわち、大衆や群衆とは意識と教育の点で質的に異なる、「新しい形式の意識をもった民衆」概念を提示する。この民衆概念は、経験的事実としてアプリオリに存在するものではなく、「反省と自己意識を通して一つの実体としてその存在を得る」、「想像の共同体」である。グルントヴィは、根強い王政主義者であったが、「国王と民衆が同じ地点に立って、民衆の効果的な統治を構築できる」と考え、一般大衆を政治的な活動に参加させるためには、相互主観的で対話的な自由概念に基づく教育が必要であることから、「すべての民衆のためのホイスコーレ」を主張したのであった。すなわち、1848~1849年の革命を導いたリベラル・ブルジョアジーの政党「ナショナル・リベラル」が、「民衆のための統治」というエリート民主主義を目指したのに対して、「民衆による統治」を実現するための、能動的な政治主体としての国民の形成を目指すものであった。

もちろん、グルントヴィの死後、彼の人生、思想、影響について多くの解釈が生じた。1930年代には、グルントヴィの思想に、「民衆(国民)、国民の精神、国民の教育」などナチのイデオロギーと共通する多くの基本概念があったことから、グルントヴィにナチズムを見るものも出てきた。しかし、当時においても「デンマークの民衆が今のところナチズムやファシズムに毒されることがあり得ないのは、少なからず教育に対するグルントヴィの巨大な貢献のおかげなのである」という揺るぎない評価が得られたのである。

したがって、本書は、「民衆・人民」概念をテーマとする現代の政治思想家としてJ・ロールズ、J・アガンベン、M・ハート、A・ネグリ、ヤン・ヴェルナー・ミューラーをとりあげながら、グルントヴィの「民衆」概念の現代的意義を強調している。ナチズムとの関連で述べれば、とりわけミューラーの「民主主義を通じてのコントロール」の必要性の点でグルントヴィを評価している。なぜなら、「ファシズム党やナチスの行き過ぎはあまりに民主主義がすくなかったから生まれたものではない。民衆をコントロールすることがあまりに少なかったがゆえに生じたもの」であり、この「本質的な自己抑制を発展させるための手段として大衆を教育することに全身全霊を賭けた」(傍点著者)人物こそ、グルントヴィその人であったからである。その意味で、グルントヴィは、いわゆる「民主主義者」ではなく、民衆の立場に立った「民衆」主義者であった。それゆえに、本書は、3・11以後のわが国の政治状況において、震災復興だけでなく、若者の政治参加を含めた政治教育の重要性についても、多くの示唆を与えてくれる、時機に適した好訳書である。(清水満訳)
この記事の中でご紹介した本
政治思想家としてのグルントヴィ/新評論
政治思想家としてのグルントヴィ
著 者:オヴェ・コースゴー
出版社:新評論
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「政治思想家としてのグルントヴィ」出版社のホームページはこちら
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