ひとりの記憶 海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち 書評|橋口 譲二(文藝春秋)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月1日 / 新聞掲載日:2016年5月13日(第3139号)

生身の人間として寄り添う 
ひとりひとりに印象深い顔があり声がある

ひとりの記憶 海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち
著 者:橋口 譲二
出版社:文藝春秋
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戦前に日本を出て、あるいは植民地で生まれて、何らかの理由で戦後日本に生きることを選ばなかった十人の人生が語られている。一言では到底くくりようのない、凄まじい人生を生き抜いてきた十人の共通点を強いてあげるなら、敗戦を境にキュッと縮んだ日本の外で忘れられていった人生、ということだろうか。

彼らひとりひとりに印象深い顔があり、声がある。日本の外で生きることを選んだ理由がある。「頭がこんがらがっちゃってですね、希望が迷ってしまった」と語ったインドネシア在住の井上助良さんのような方もいれば、「八路軍のことは知らなかったけど、生きる道があるのなら入ろうと決めた」中国在住の中村京子さんのような方もいる。

他の八名も、旧植民地の台湾、韓国、サイパン、ポナペ、占領地だったタイ、ミャンマー、移民地のカナダやキューバ、抑留されたロシアと、その生き抜いた場所も生き方もさまざまだ。また、「生き抜いた人たち」と題された章に写真と簡単なキャプションで紹介されている二十名の中には、無国籍で現地の言葉も日本語も話せない方も二名いる。もちろん、その沈黙のうちにも人生がある。

橋口譲二は八十四名の「生き抜いた人たち」に出会い、その人生を聞き、そのうちの十名の人生の物語を自分の声で語り伝えるのに、二十年かかった。それだけの時間が必要だった。

どうしたことか、戦争をはさんで人生が大きく変わってしまった人々の記憶を語ろうとすれば、その声は、知らず知らず、戦後日本で形作られてきた集団的記憶としての歴史や、人々の記憶を仕分けて分かりやすい物語に収める手ごろな言葉に取り込まれてゆくようなのだ。そもそも言葉というもの自体が、一種の刷り込みでもあるゆえに、集団的な記憶や幻想に馴染みやすいものでもある。

その強力な磁場からいかに身を離すか? 

思うに、そんな切実な問いに橋口は直面した。それは、誠実なる表現者ならば、誰もが根本的な問いとして抱え持つものだろう。個であること。孤独であること。突き抜けること。そこからしか生まれない表現がある。

橋口にとって、『ひとりの記憶』を形にするまでの二十年とは、大きな何かに溶かし込まれない、類型化しようのない「ひとり」の「人間」の「記憶」を語り伝える「語り口」を模索する年月だった。

大事なのは、出会った人々をただ記録の対象とするのではなく、すぐそこにいる生身のひとりの人間として寄り添うこと。イタコのように彼らの感情をわが身に降ろし、その息遣いや体温を感じること。

それに気づくきっかけとなったのが、ある企画で自身が書いた子供たちのモノローグのテキストをみずから声に出して読んだこと、というのが実に興味深い。そのとき、声が、脳ではなく、身体の芯を揺さぶった。だから、ハッとして、「ひとりの記憶」に芯から触れるために、ひとりひとりのインタビューを文字に起こした原稿を、声に出して読んだのだという。

声から声へ、生身から生身へ。受け取った人生の記憶を、ひとりの人間の物語として語り出す。そこでは、もはや、「語り口」などという方法論を超えた何かが起こっているように見える。橋口は、出会った人々の人生を語るというよりも、その人生を背負ったかのようでもある。「ひとりの記憶」をひとつひとつ積み重ねていく、気が遠くなるほどの果てしない営為のなかにこそ、人間の歴史というものが息づくようでもある。

そこには愚直なひとりの表現者がいる。
この記事の中でご紹介した本
ひとりの記憶  海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち/文藝春秋
ひとりの記憶 海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち
著 者:橋口 譲二
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
「ひとりの記憶 海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち」出版社のホームページはこちら
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