ロバート・クーヴァー著『ようこそ、映画館へ』 刊行記念トークショー抄録at下北沢B&B 越川芳明・豊﨑 由美|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 特集
更新日:2016年10月14日 / 新聞掲載日:2016年10月14日(第3160号)

ロバート・クーヴァー著『ようこそ、映画館へ』
刊行記念トークショー抄録at下北沢B&B
越川芳明・豊﨑 由美

このエントリーをはてなブックマークに追加
豊﨑
クーヴァーは1932年生まれで、いわゆるトマス・ピンチョン、ジョン・バース、ドナルド・バーセルミらと並び称されるポストモダン文学を代表する作家ですが、日本では85年に越川さんの訳で初めて若林出版から『ユニヴァーサル野球協会』が刊行されました。これはフィクションが現実を凌駕してしまう物語ですけど、野球というスポーツが若い国であるアメリカの一種の神話装置として機能しているのをすごくうまく利用した物語になっていると思います。

というわけで、まずは、若き日の越川さんを惹きつけたクーヴァーのユニークさの特徴のいくつかを教えていただけませんか。
越川
それはブラックユーモアですね。それと破壊的なエロティシズム。偶像破壊的な笑いとエロティシズムで権威をおちょくるじゃないですか。ああいうのもすごくいいなと思ったんです。
豊﨑
クーヴァーのデビュー作は『ブルーノ教団の起源』といって、優れた新人に与えられるフォークナー賞も受賞していますが、これは訳されてないですけど越川さんはどんなふうに読まれましたか。
越川
大好き。マジックリアリズムという言葉がなかった時に、マジックリアリズム的な小説を書いたのがこれかなと。キューバの作家でカルペンティエールという人がいますけど、彼は『この世の王国』のイントロで、ヨーロッパは想像力が疲弊してシュールレアリズムみたいなことをやっているけれど、南米は現実の中に驚異的なものがあるから現実を書くだけでシュールレアリズムを超えていくというようなことを書いているんです。ただ僕が思うにその現実の中にある驚異的なものを見られる人はそうはいない。我々は見ているけれども見ていないことが多いじゃないですか。そういうのが見える人というのは英語で言うと“Vi―sionary”なんだけど。
豊﨑
「幻視者」みたいなものでしょうか。
越川 芳明氏
越川
そう。ヴィジョンを見る人なんだよね。ヴィジョンを見る人というのは普通の人が見えない何かを見る人なんです。そういう作家が北米で言うとクーヴァーとかピンチョンとかじゃないかと思うんです。ヴィジョンを見る人はやっぱりヴィジュアルな描写が多い。僕が訳した『ユニヴァーサル野球協会』もたんに写実的じゃなくて、主人公は見えないものを見るヴィジョナリーだよね。
豊﨑
そうですね。去年白水社から復刊されましたけど、私は85年訳出時に興奮して読んだのを今も鮮やかに思い出すことができます。こういう非リア充と言うか、現実生活は全然冴えてないんだけど脳内に豊かな世界を持っている人って、当時はかなりマイナスのイメージで描かれたものなのに、クーヴァーは主人公のヘンリーを全肯定してますよね。自分で作った物語を生きることのどこが悪いぐらいの勢いで。で、当時の、小説が好きで、リアルの世界ではパッとしてなかった私は笑って読みながら救われた気がしたんです。「ヘンリー、我が同志よ!」って(笑)。この小説が書かれた当時に、おたくをこういう風に描いたのは画期的だったと思います。
越川
クーヴァーもそうなんでしょう。そうじゃなければ書かないですものね。
豊﨑 由美氏
豊﨑
本当に。ところでクーヴァーの小説の楽しみ方って、ひとつじゃなくて幾つもありますよね。とはいえ、クーヴァー自身が好きな語り口のパターンはあって、私は『ようこそ、映画館へ』を読んだ時に、それを総動員させ、好きな手口を全部使ってみせましたという感を受けました。だから訳すのも大変だったかもしれませんけど、読んでいて結構難解な作品がいくつかあります。
越川
翻訳に関して言うと、僕も結構辞書を引かないと読めないです。それにクーヴァーの場合はある意味で翻訳家泣かせでもあって、名詞を動詞として使うことがあるんですよ。辞書を調べてもないから最初はどういう意味なのかって悩みました。
豊﨑
それは「神ってる」みたいに日本人がよくやる言葉遊びですよね。いち早くそれを英語でやっていたわけですか。
越川
そういうのが出てきた時にどうすればいいのかなとも思ったけど、でも言ってしまえばそれも結局は文体ですよ。
豊﨑
言葉を自分自身で創っているということですよね。
越川
宇宙も創るけどそれを創る一つ一つのものは言語だから、言語にコミットするという意味で正しいやり方かもしれない。その極北はやっぱりジョイスだよね。
豊﨑
ジョイス語と同等ですか。
越川
それほどラディカルじゃないけど、ピンチョンにしてもクーヴァーにしても言葉に関してはジョイスの系譜もありますね。その一方においてポーのようなゴシックロマンスの系譜、つまりヴィジョナリー、幻視というか人が見えないものを見ちゃう作家たちの系譜にも位置する。
豊﨑  さっきの読むほうも大変ということで言えば、たとえば最初におかれた「名画座の怪人」。主人公の映写技師が映画というフィクションと生身の人間である自分との距離が取れない状況になった時に、昔観た映画を思い出すとその中に入っていって、その過程で別の映画を思い出すとまたそこに移っていってしまう。読者はノッたと思うと端からハシゴをはずされ、「えっ?」と驚く繰り返しなんですよね。それがマゾヒスティックに楽しくなってくる瞬間がたまらないんですが。

逆に、すごく素直に楽しめたのが「ジェントリーズ・ジャンクションの決闘」。ゲーリー・クーパーの「真昼の決闘」みたいな話だと、保安官が高潔な人物で、町にやってくるならず者が悪者として描かれるわけですけど、この物語では圧倒的にメキシカンの悪漢のほうが魅力的です。チャーミングな人気者として描かれていて、かたや保安官は自分がこの街の正義だみたいな態度で嫌われている。酒場に保安官が来るとみんなが目を背けるという嫌われようで、その描写が可笑しい。

笑えるといえば「休憩時間(インターミッション)」という一編もすごくコミカルですね。映画の幕間に飲み物でも買おうとロビーに出た若い女性が、イケメンに誘われて外に出ていってしまう。そこからの展開がぶっ飛んでます。なぜかギャングのカーチェイスに巻き込まれ、なぜか滝壺に落ち、なぜか海でサメに襲われ、なぜかジャングルで戦闘に巻き込まれ、なぜか砂漠をさまようことになり、なぜか……と、どんどん違う映画の中に入っていくような話なんです。

だから、個人的に皆さんにおすすめしたいのは、「ジェントリーズ・ジャンクションの決闘」と「休憩時間」を笑って楽しんで、クーヴァーの語り口に馴れた上で、「名画座の怪人」にいく読み方です。そうしたら、あとは楽勝。ぐっと読みやすくなると思います。
越川
なんだったら後ろから読んでもいいかもしれない。
豊﨑
最後の「君の瞳に乾杯」は、大勢の人が知っているハンフリー・ボガード主演のプロパガンダ映画「カサブランカ」が下敷きなので、入っていきやすいですよね。
越川
でも全然違うけどね。パロディではないというか、たとえ映画を観ていたとしても役に立たない。「ルー屋敷のチャップリン」もそう。
豊﨑
チャップリンが無声映画の中で見せる彼独特のコミカルな動きがあって、それをものすごく効果的に使っていながらホラーに仕立て上げている一作。チャップリンが出会うもの出会うものが不気味で怖いんですよね。ところがチャップリン自身は、どんなものと出くわしても、あのいつものおかしくて可愛い動きを繰り返すだけなので、ある種その木偶感がまた怖い。喜劇って書いてあるけどすごく気持ちが悪い。それが面白い。これってどれだけ固定観念を持たずに楽しめるか、読者が試される作品だと思うんです。「喜劇」って書かれてあったら喜劇じゃなきゃいけないと思ってしまう人は駄目ですね。
越川
固定観念を粉々にされちゃうよね。
豊﨑
粉々にされる人はいいんですけど、こんなのチャップリンじゃないという頑なな人がいそうなのが怖い。だって、存外多いんですよ、そういうタイプ。『ジェラルドのパーティ』のことも、「こんなのミステリーじゃない」って怒った人がいますから。そりゃそうですよ、クーヴァーが書いたのはアンチ・ミステリーなんだから(笑)。

さて最後になりますけど、越川さんはクーヴァーの未訳作品の中ではどれを訳されたいですか。
越川
僕はやっぱりデビュー作の『ブルーノ教団の起源』ですね。あれが書かれたのは一九六六年だけど今でも古びてないと思います。現代でも息づいているアメリカの狂信的なところとかマスコミ中心主義をコミカルに風刺している。僕は麻原彰晃が出てきた時にこれを訳したかった。アメリカではそういうのがあるんだよと。オウム真理教の時にやったら面白いかなと思ったんだけど。
豊﨑
何か事が起きると、ワアッと熱が上がってサアッと醒める、そういう怖さは今の日本の現実とそんなに変わらないですね。
越川
変わらないね。
豊﨑
越川訳で読んでみたいなあ。
越川
そうね。それをやってから死ぬかな。
豊﨑
二十年もかけて翻訳するわけじゃないでしょう(笑)。三年ぐらいでどうですか。
この記事の中でご紹介した本
ようこそ、映画館へ/作品社
ようこそ、映画館へ
著 者:ロバート・クーヴァ―
出版社:作品社
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
読書人紙面掲載 特集のその他の記事
読書人紙面掲載 特集をもっと見る >
芸術・娯楽 > 映画関連記事
映画の関連記事をもっと見る >