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”Letter to my son"
更新日:2018年7月31日 / 新聞掲載日:2018年7月27日(第3249号)

Letter to my son(1)

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(c)Eiki Mori Courtesy KEN NAKAHASHI
真っ暗な世界で、ひとつだけ、誰かの体温のようにやわらかい光を放つ窓を見上げている。あの窓までは届くわけないと思いながらも、手に持っている折りたたまれた紙片を、歯が砕けてしまうほどに力を込めて思いっきり投げ飛ばす。

ドアの向こうの、詩人が気を使いながら咳き込む音が鼓膜をくすぐり目が覚めた。昨年のクリスマスから放っとかれたままの電飾が、壁面をぼんやり照らしている。かすかに漂う甘いにおいがまつげに乗りかかる。夢を見ていたみたいだ。枕元の本の上に置いた眼鏡をかける。〈11:08〉。ゆっくり窓の外を確認する。〈PM〉。よかった、まだ夜は待っていてくれたみたい。僕は起き上がる。少しよろけながらサンダルを履き、空のマグカップを取りドアを開ける。
「おはよう」詩人はキッチンテーブルの壁側のいつもの席に座り、ぎこちなく煙草を持った手を上げ少し照れ臭そうに言う。甘い煙が僕を包む。「え、煙草?!」。「そう。今日始めたよ」。一口ゆっくりくゆらせる。「61歳で」。両眉をあげながら静かに笑った。「最近、新しいことたくさん始めてるね。急にでっかい夜が明けたみたいに」。僕はマグカップを胸元でベルのように揺らしながらたずねる。「コーヒー? それかホットミルク?」。「ジンジャーホットミルクの気分」。「オッケー」。

2000年、ニューヨーク。チャイナタウンの外れにある4階のロフト。ハドソン川に落ちるはずだった燃える夕陽を、誰にも内緒でそのまま閉じ込めたような、真っ赤なキッチンの片隅で、今夜も詩人と僕、ふたりだけの時間が始まる。せめて紙飛行機にでもして飛ばせばよかったな、とさっきの夢を思い返しながら、僕は冷蔵庫からミルクを取り出す。
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