第43回 Readers Club読書会 レポート 「サン=テグジュペリ『戦う操縦士』から考える生と死」 講師:鈴木雅生|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月31日 / 新聞掲載日:2018年7月27日(第3249号)

第43回 Readers Club読書会 レポート 「サン=テグジュペリ『戦う操縦士』から考える生と死」 講師:鈴木雅生

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7月19日、光文社古典新訳文庫が紀伊國屋書店電子書店Kinoppyとコラボレーションして開催する、Readers Club読書会(Reading Session)の第43回、「サン=テグジュペリ『戦う操縦士』から考える生と死」が紀伊國屋書店新宿本店で行われた。

講師に『戦う操縦士』の訳者で学習院大学教授の鈴木雅生氏を招き、聞き手の光文社古典新訳文庫・創刊編集長の駒井稔氏と約1時間半、本書の魅力や他のサン=テグジュペリ作品との関連性について語った。

    * 

『戦う操縦士』はサン=テグジュペリの4作目にあたる。郵便飛行士の傍ら書いた『南方郵便機』『夜間飛行』、自らの経験をエッセイにまとめた『人間の大地』、そして亡命先のアメリカで執筆し1942年に刊行された本作と、のちに彼の代表作となる『ちいさな王子』が続く。

『戦う操縦士』の舞台は1940年のフランス。第二次大戦勃発後、ドイツ軍の電撃的侵攻の前に敗走を重ね機能不全に陥ったフランス軍に所属する主人公の「私」は危険でかつ無意味な偵察飛行を命じられ、飛ぶことの意味を見失いながらフランス北部アラス上空を飛行。飛行中の肉体的苦痛や敵による猛烈な対空砲火に晒されるうちに、今まで気づかなかった人間と文明への《信条》を抱くに至る物語で、本書も他のサン=テグジュペリ作品同様、作者の実体験が元になっている。

聞き手の駒井氏は鈴木氏に本書の魅力を尋ねた。鈴木氏は「主人公の「私」が飛行士として単に英雄的な行動、あるいは辛い経験を回想するだけのお話ではなく、現在進行中の飛行描写をぶつ切りにしながら、幼年期の思い出や夢想など時間敵論理的脈絡なく描くことによって浮かび上がってくる詩的な世界観を契機にして「私」の思索は新しい次元へ昇華していきます。 非常に激しい戦闘シーンを書く傍ら、静謐な自省を展開するわけですね。そのような「私」の心の動きがやがて、個々人の関係を越えた普遍的な人間観にたどり着きます。ですから「私」が導くスケールの大きな思索の展開が本書の魅力である、と考えています」と語った。

『戦う操縦士』は刊行当初、ヒトラーの『我が闘争』に対する民主主義からの返答と評され、アメリカでベストセラーになったが、その後は他のサン=テグジュペリ作品に比べそこまで多くは読まれてはこなかった。しかし、フランスの哲学者・モーリス・メルロ=ポンティが『知覚の現象学』の終わりに本作の一節を引用したり、イタリア文学者・須賀敦子がエッセイの中で大切な作品であると言及するなど、高い評価を得てきた側面もあることを鈴木氏は解説し、「おそらく、一読した人にとっては忘れがたい作品だったのではないでしょうか」と述べた。

鈴木氏は本書翻訳にあたる前まで、サン=テグジュペリ作品は『夜間飛行』『人間の大地』に見られる飛行士としての実体験から生まれた男臭く骨太な作品と『ちいさな王子』のおとぎ話的な作品という、2つの異なった世界観が結びつかず、全体像がつかめない作家として捉えていたと振り返った。そしてこの2つの世界観の間で執筆された『戦う操縦士』こそがサン=テグジュペリという作家の全体像を掴むためのカギとなる作品だと述べた。

「サン=テグジュペリは『人間の大地』まで飛ぶことの意味を明確に有した飛行士像を記していました。しかし後の『戦う操縦士』では飛行士が飛ぶことの意味を見失ってしまう。実はこの点が『ちいさな王子』に登場する「飛べない」飛行士に通じているように見えます。さらに『ちいさな王子』の墜落して死に瀕している飛行士の前に子どもを体現した王子の姿は、『戦う操縦士』で対空砲火を浴び、絶体絶命の状態の中、自身の起源である幼年時代の映像が強く表出するイメージと繋がっていて、『人間の大地』で回想する、大人になった今の自分から断絶した子ども時代のイメージとは趣が異なります。つまり、生命の危機に直面した際に浮かび上がってくる子ども像という点においても後期サン=テグジュペリ作品の2作は共通するわけです。

それに『ちいさな王子』の王子は最初、大切なものが見えない状態でしたが、いろいろな場所へ旅をし、またキツネとの出会うことによって視界が開けていきます。『戦う操縦士』の「私」も初めは自分の存在も飛ぶことの意味もわからなかった。しかし、自らの運命を変えるアラスという場所へ行くことにより、自分の存在や行動の意味を認識するようになる。彼らに共通する意識は自らが身を捧げる、自分が犠牲になって初めて結ばれることへの気付きが生まれるわけですね。

そして、『ちいさな王子』の結末では飛べなかった飛行士もまた、王子との会話の中で大切なものを見つけ、同時に飛行機の故障が直り飛べるようになります。この表現は『戦う操縦士』の「私」の心情とリンクしていて、まさにパラレルな関係にある作品だといえます」とサン=テグジュペリ作品における『戦う操縦士』の立ち位置を解説した。(本稿の書名は光文社古典新訳文庫に準拠)。
この記事の中でご紹介した本
戦う操縦士/光文社
戦う操縦士
著 者:サン=テグジュペリ
出版社:光文社
以下のオンライン書店でご購入できます
「戦う操縦士」出版社のホームページはこちら
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