〈つながり〉の現代思想 社会的紐帯をめぐる哲学・政治・精神分析 書評|松本 卓也(明石書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月28日 / 新聞掲載日:2018年7月27日(第3249号)

〈つながり〉の現代思想 社会的紐帯をめぐる哲学・政治・精神分析 書評
分断が進行しつつある中で「つながり」の問いをあらためて提起

〈つながり〉の現代思想 社会的紐帯をめぐる哲学・政治・精神分析
著 者:松本 卓也、山本 圭
出版社:明石書店
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私たちの社会のなかで「つながり」を感じるのはどんなときだろうか。その「つながり」にはどのような理由があると考えられるだろうか。その原理や構造はどうなっているのか。

今日そうした問いが切迫したものとなるのは、とりわけ東日本大震災以後を指標として、労働や経済の不平等、学歴や地域の格差、性差や人種差別等々、「つながり」を断ち切るますます多くの分断が進行しつつあるからである。本書が試みるのは、そうした危機意識を背景に「つながり」――社会的紐帯――の問いをあらためて提起し、現代思想と総称しうる視座から一定の応答を提示することである。

執筆者には八人の優れた若手論者が集結している。とりわけ編者の二人は、それぞれ精神病理学と政治理論の研究者でありながら、広く活発に議論を展開している気鋭の論者として注目を集めてきた。彼らの最初の協働作業がラカン派左翼の政治理論書の翻訳(ヤニス・スタヴラカキス『ラカニアン・レフト』岩波書店)だったことに示されているように、本書の基調をなす参照枠は、社会的紐帯をめぐる精神分析理論である。

編者の一人松本卓也の論考が出発点になるだろう。そこではフロイトの集団心理学、またラカンのディスクール理論が取り上げられている。前者は、集団形成の根源的暴力とその克服に「父」や「法」が確立される基本構造を解明したもの、後者は、そうした「父」や「法」が機能不全となった時代にいかに集団統合として享楽の次元が働くのかを明らかにするものである。

とりわけ後者に関しては、七〇年代ラカンのレイシズム論が注目される。人種差別は、自己享楽の不可能性に端を発する病理だが、病理と言われるのは、他者――その実自分に似た他者――にこそ「私」の享楽を盗んだ要因を集団的に投影するメカニズムがあるからだ(たとえば「在日特権」を享受する在日韓国・朝鮮人によって日本人が不利益を被っていると主張するヘイトスピーチ)。

こうした「享楽」への着眼は、ポピュリズムの分析と再考にも有効であることをもう一人の編者山本圭の論考が示している。ポピュリズムは一般に、衆愚政治や排外主義へと通じる民主主義の負の側面とみなされてきた。それに対して山本は、ラクラウやスタヴラカキスの所論に即して「享楽」の次元における「ラディカルな心的備給」の論理からポピュリズムを捉え直すのであり、そこに、新たな社会紐帯を創出する根源的な人民主義の契機を見出すのである。

それは「人民の反乱への自然な嗜好」を前提とするネグリ=ハートのマルチチュード論などとは異なっている。そうではなく、ギリシアの急進左派連合シリザの例に見られるように、持続的な社会的紐帯を模索する「左派ポピュリズム」としての連帯のポリティクスの可能性を指し示すものと考えられるのである。

他の章にも目を転じてみよう。従来つながりの分断の契機とみなされてきた「政治的なもの」を、それに代えて近年注目されてきた「社会的なもの」と対比することで前者を再考し改鋳しようと試みる有益な論考(乙部延剛)、また、民主主義とあまり相性がよくないと思われてきたドゥルーズの哲学のうちにこそ真の意味での「デモクラシー的になること」を見出そうとする野心的な論考(大久保歩)を収録している。

さらに、ルソーの政治思想において憐憫の情が作動する両義的な機制(淵田仁)、特異性概念をめぐるナンシーとガタリ(柿並良佑)、ハーバーマスの精神分析批判反駁(比嘉徹徳)、後期ラカンにおける社会的紐帯への問いのアポリア(信友建志)、本書には「つながり」の主題をめぐって吟味すべき興味深い論点が数多く詰まっている。読者は必ずや本書から思考を喚起する幾多の論点やヒントを得ることができるだろう。

ただし本書は、議論の多様な展開を図っているぶん、全体としてはいささか散漫な印象も与える。タイトルの「現代思想」の外延が不分明なことに加え、「つながり」や「社会的紐帯」という言葉そのものは多義的で漠然とした用語であるがゆえに、恣意的なアプローチを許してしまうところがある。そうならないよう、執筆者が共通して参照すべき基本テクスト――たとえばフロイトのいくつかの著作――を事前に設定しておくことで最小限の理論的な枠組みを明示的に共有するというようなやり方ができたかもしれない。とはいえこれは、本書の実りある成果からこそかえって見えてきた欠点にすぎない。これをステップにさらなる探究の深化を期待したい。
この記事の中でご紹介した本
〈つながり〉の現代思想   社会的紐帯をめぐる哲学・政治・精神分析/明石書店
〈つながり〉の現代思想 社会的紐帯をめぐる哲学・政治・精神分析
著 者:松本 卓也、山本 圭
出版社:明石書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「〈つながり〉の現代思想 社会的紐帯をめぐる哲学・政治・精神分析」出版社のホームページはこちら
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