こんなことで終わっちゃあ、死んでも死にきれん 書評|福岡 安則(世織書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月28日 / 新聞掲載日:2018年7月27日(第3249号)

哀切な「人生被害の記録」 
差別被害を「精神的負担」に押し込めた判決を徹底批判

こんなことで終わっちゃあ、死んでも死にきれん
著 者:福岡 安則
出版社:世織書房
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これは「怒りの書」であり、あまりにも哀切な「人生被害の記録」である。

1907年、浮浪患者の収容で始まった日本の「ハンセン病対策」は、患者の摘発と収容を掲げた「無癩県運動」へとエスカレートし、患者の絶対隔離を定めた1931年の「癩予防法」へと至る。権力が「富国強兵の障害」を措定し、その「非国民」を官民挙げて攻撃する一大運動は、天皇制ファシズム下の「国民教育」だった。敗戦後の1953年には新法で隔離政策が継続され、簡単に治り、かつ脆弱な病であることが「常識」となった後も、国は「隔離政策」に固執した。

入所者らによる違憲訴訟で熊本地裁が2001年、原告勝訴の違憲判決が言い渡され、国は補償法を制定した。だが、国を挙げた差別政策の結果として、言語を絶する苦難を受けた患者、元患者の家族に対する謝罪や補償は今に至るまで為されていない。

この不条理に対し、非入所の元患者(1994年死去)を母に持つ男性(1945年生)が、国賠訴訟を提起する。だが鳥取地裁は2015年9月、「男性は母親の罹患を97年まで認識しておらず」「患者の子だったことによる不利益はなかった」と請求を棄却した。一方で、「国は遅くとも1960年には患者の子どもに対する社会の偏見を排除する必要があったのに、相応の措置をとらなかった」と国家賠償法上の過失責任を認めたにも関わらず。

本書はこの敗訴を受けて編まれた。原告の半生についての聴き取りと、一審判決を批判した筆者の意見書原文、そして専門家証人として出廷した筆者の尋問記録からなっている。

原告の語りは痛切の極みだ。50年代中葉、中学時代に母が「癩」であるとの噂が地域で広まり、家族会議の結果、母は大阪に移住させられた。地元から入所しては地域で「癩者」の家族と確定するからだ。母の世話は末っ子だった原告に押し付けられ、兄たちは離れていく。大阪での暮らしが始まったが、麻痺した顔や欠損した指をみれば分かる――それも国による差別扇動の結果だ――、飲食店に行けばゴキブリを入れたコーヒーや定食を出された。

入所を回避し、阪大病院で外来治療を受けたが、療養所の外でのハンセン病治療は保険の適用外だった。「稼ぎの三分の二は薬代に消えた」という。改善しない症状に見切りをつけ、溶接や配管工で働きながら母を支えた。「結婚とか家庭を持つのは諦めたからね」。これが差別の被害、不利益でなくて何だろうか。

非入所者の記録としても本著の意義は大きい。苦難の「仕上げ」は晩年だった。脳梗塞を患い、老人ホームに入った母を待ち受けたのは露骨な差別だった。同じ入所者から気味悪がられ、食事は別、風呂もアカの浮いた最後の湯を使わされたという。

そこで彼は自らを苛むのだ。「良かれ」と思って療養所に入れなかった自分の選択が母を最後に苦しめたと。絶対隔離と絶滅を企図した場であっても、療養所なら病を隠す必要も、周囲から差別されることもなかったのではと。隔離政策は狩り出して療養所に送り込み、閉じ込める力だけでなく、差別の扇動などで社会に居場所を無くし、療養所に入所するしかないと思わせる。あるいはそこが「外よりマシな場」だと思わせる力で成り立っていた。筆者の言葉で言えば、「アサイラム(隔離所)」が「アジール(避難所)」でもあった。

彼の怒りは、法の定め通り母に入所勧奨をしなかった県に向かう。連日、役所に押しかけた彼はある日、鉈で職員を殴り、殺人未遂で実刑判決を受ける。相談相手もおらず、全てが悪い方へと接続していく。彼はそれほど孤絶していたのである。差別と偏見が彼から奪ったのは社会との〓がりであり、相手に自分の思いを伝える力だった。

彼の入り組んだ内面を筆者は受け止め、内在的に読み、豊富な元患者への聴き取り経験を基にその意味を展開していく。裁判官にその営為があれば判決は変わっていたかもしれない。

筆者の原審判決批判の肝は「本人の自覚」を差別被害の要件に持ち出したことだ。「『社会的差別』の問題は、被差別当事者の自己の立場の自覚を要件としない」という大原則を踏まえ、差別被害を「精神的負担」に押し込めた判決を社会学者の立場から徹底的に批判する。

その上で、97年にカルテ開示を受けるまで原告は母の病を知らなかったという事実認定の愚にも言及する。亡母や原告らの言葉の断片を字面で解した想像力の欠如、県への通報に始まる煩雑な手続きや、収容を避けたい「善意」で医師が明確な診断をしなかった可能性への考慮のなさ。そして当時、家族から「癩者」が出たことを噂でなく事実として認めることの意味である。幾つもの患者家族らが心中した差別の苛烈さに向き合っていないのだ。

彼の敗訴を契機に、熊本地裁では500人を越える家族たちが訴訟に踏み切った。自ら受けた被害への償いはもちろん、彼らは「私が病んだせいで……」と繰り返したかもしれぬ家族にこの言葉を返したいのだと思う。「貴方は決して悪くない。悪いのは国の政策であり、煽られた者たちなのだ」と。彼の控訴審判決は7月24日に言い渡し。本号が出る頃には結果が出ているはずだ。
この記事の中でご紹介した本
こんなことで終わっちゃあ、死んでも死にきれん/世織書房
こんなことで終わっちゃあ、死んでも死にきれん
著 者:福岡 安則
出版社:世織書房
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