水中翼船炎上中 書評|穂村 弘 (講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月28日 / 新聞掲載日:2018年7月27日(第3249号)

水中翼船炎上中 書評
昭和の夢から覚めて 
半世紀にわたる「時間」の旅路

水中翼船炎上中
著 者:穂村 弘
出版社:講談社
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水中翼船炎上中(穂村 弘 )講談社
水中翼船炎上中
穂村 弘
講談社
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第一歌集『シンジケート』を皮切りに、数多くの批評、エッセイなどの仕事で現代短歌界をリードしてきた歌人の穂村弘さんによる、17年ぶりの新歌集。25年間に詠んできたという全328首の短歌は、現在を起点に、昭和の子ども時代へ遡り、昭和の終焉、21世紀初頭の家族像、母の死を描いた後、再び現在に戻る。『シンジケート』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』で、恋や青春を主要モチーフとしていた作者が、本作ではそれらを封印し、昭和の終焉と絶対的庇護者であった母の死を詠った。

特徴的なのは、読者へのガイドとして、各連作の背景がわかる〈簡単な見取り図〉が付されている点。だが、「母の死」がモチーフとなった連作「火星探検」の後は、「その後」「現在」など簡単なキャプションのみ。時代が現代に近づくにつれて、作中主体は見当識を失っていくようだ。〈真夜中に朱肉さがしておとうさんおかあさんおとうさんおかあさん〉。

歌に真空パックされたノスタルジーを各所で味わうことができる。〈母が落とした麦茶のなかの角砂糖溶けざるままに幾度めの夏〉。ここには、知らないはずなのに、つい「懐かしい」と口にしたくなる夏がある。連作「にっぽんのクリスマス」で描かれるのは、恋人たちのものになる前の、昭和の家族のクリスマス像。炬燵にクリスマスケーキ、大みそかのトランプ。お正月と地続きの牧歌的な光景がある。一方で、昭和の光景からここまで離れてしまったのかと(平成生まれの筆者ですら)置き去りにされたようなさびしさを抱く。

21世紀初頭が舞台の連作「家族の旅」は美しい一連。〈小の字になってねむれば父よ母よ2003年宇宙の旅ぞ〉。川の字の真ん中で守られていた幼い頃を経て、今度は小さくなった両親が傍らで眠るのだ。〈ちちははが微笑みあってお互いをサランラップにくるみはじめる〉。ラップをかければ、鮮度が永久に保たれると信じられた頃があった。サランラップは、時間を止めるための装置。両親が自分たちをくるむのは、子の未来を案じてのことだろうか。

連作「火星探検」の歌に衝撃を受けた。〈月光がお菓子を照らすおかあさんつめたいけれどまだやわらかい〉。身に迫るリアリティを感じた。当然ながら、この〈おかあさん〉はラップに包まれていない。死によって、逆に生身の身体を強く感じる。連作の最後、意識は再び、母が角砂糖を落としてくれたあの夏へ帰っていく。〈冷蔵庫の麦茶を出してからからと砂糖溶かしていた夏の朝〉。

タイトルにある「水中翼船」とは、作者が子どもの頃に本で知った〈未来の乗り物〉。〈でも、二十一世紀になった今、活躍しているという話は聞かない〉。そうした昭和の夢から覚めた私たちが見つめるべき現在も、本書は鋭く突きつけてくる。
〈電車のなかでもセックスをせよ戦争へゆくのはきっと君たちだから〉〈「この猫は毒があるから気をつけて」と猫は喋った自分のことを〉。戦争の予感や、原発事故を思わせる歌は、内容の不穏さと、語り口のギャップが後を引く。

名久井直子さんによる「船」をモチーフにした装丁が心強い。なんと外箱の中のデザインは9パターンもあるという。本書の半世紀にわたる「時間」の旅路のお守りのようだ。
この記事の中でご紹介した本
水中翼船炎上中/講談社
水中翼船炎上中
著 者:穂村 弘
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
「水中翼船炎上中」出版社のホームページはこちら
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