メディア・アート原論 あなたは、いったい何を探し求めているのか? 書評|久保田 晃弘(フィルムアート社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月28日 / 新聞掲載日:2018年7月27日(第3249号)

メディア・アート原論 あなたは、いったい何を探し求めているのか? 書評
「メディア・アート」という未完(成)のプロジェクトを問う
数々の二項対立をブリコラージュする

メディア・アート原論 あなたは、いったい何を探し求めているのか?
編集者:久保田 晃弘、畠中 実
出版社:フィルムアート社
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本書は、対談の形式をとった寓話である。

なぜなら、本書のサブタイトル「あなたは、いったい何を探し求めているのか?」が、シュルレアリスムの小説として名高い、ルネ・ドーマルの『類推の山』に由来するという告白で対談が終えられているからだ。ドーマルの小説は、天と地を結ぶ、不可視な至高の山への登山を主題とした未完の物語である。本書を『類推の山』になぞらえて言い換えれば、芸術(アート)と工学(エンジニアリング)あるいは技術(テクノロジー)、セオリーとエンタテインメント、文系と理系等々、モダニズムにおいて見出される二項対立を止揚する過程で見出される「至高の山」、つまり「メディア・アート」という未踏峰への登頂が主題とされている。モダニズムの寓話である以上、このあらすじは、未完のプロジェクトに終わる宿命を持っている。

無論、二人の著者は、このことを自覚していて、だからこそメディア・アートを「不可視な至高の山」になぞらえた語り口に本書の意図があるはずで、概念を問う対談は、既存のメディア・アート作品についてほぼ言及せずに進行する。読者は、ジョン・レノンではないが、「想像してごらん」とひたすら語りかけられるような印象を受けるだろう。このことに苛立つ読者もいるかもしれない。しかし、本書で想定されるメディア・アートは、常に、半ば未来に存在する仮象として、現在においては、進行中で未完の時制をもった語り口にこそ定義されているのだ。「想像してごらん。メディア・アートを」と、はたらきかける装置として、第二次世界大戦以降の現代芸術とメディア技術の思潮を援用し、特にゼロ年代以降の海外のセオリーをふんだんに紹介することで含意しているのだろう。セオリーが指示したい「至高の山」として、未来の先触れにあるべきメディア・アートを想像させることこそが「原論」たる所以である。本書が紹介する近年の思想動向、メディアへの語り口から学ぶべき点は多く、特に久保田によって提示されるダイアグラムやマッピングは、既存のセオリーに則った「デジタル・メディアのテトラッド」「展開された場における支持体」「コードを記述し、実行し、保存する」として提示され、まさに先触れとして興味深い。この寓話は、メディア・アートの輪郭を描き、類推する、地図作成を目的とした対談による、終わりの無い旅行記なのだ。

個人的には、以上のように本書を受けとめているが、異論もあるだろう。というのは、作品が議論の対象にならないことに「苛立つ読者」の存在に言及したが、これは誰あろう私自身のことなのだ。セオリーをアカデミックに受容することは容易である。英雄的作家論が不要であることも了解できるが、依然として作品論は必要なのだ。それ故、ゼロ年代の言説と、メディア・アートの記号接地を期待していた私には、本書は肩透かしだった。

「原論」とするにしても、アートはセオリーの答え合わせでは無い。「答え合わせでは無い」ことに基づいて、久保田が工学という学術領域の抱え込む近代性を、「メディア・アート原論」と標榜し、批判していることもまた、本書の端々から解読できる(久保田の著書『遙かなる他者のためのデザイン』も参照して欲しい)。ICCで展示されてきた作品を知っていれば、畠中の言葉が作品に基づくことも類推できる。モダニズムとしての類推ではなく、メディア・アートの実在としての作品論をアーキタイプとしたセオリーの抽出を次に期待したい。

数年前に出版された、日本のメディア・アート史も、作品を論じず、結局は大学における新学科設立の制度史だった。自分の係わる領域で成果とされる書籍や論文に接しつつ、この批評を書く私もまた、メディア・アートを含む現代芸術を、批判対象である制度内部へと再配置することに躍起になっているひとりなのではないか、と不安感に襲われる。

畠中は、「古い芸術感を新しいメディアによって模倣してきたのが、これまでのメディア・アートだったけれども、でも今後は、新しい芸術観を生みだすものこそをメディア・アートと呼んでいきたい」と述べている。新旧も制度であることを留保した上で、この言葉に同調し、テクノロジーという暴力が、積極的な解体と消極的な制度化を循環しながら、芸術作品を通じて社会を活性化しているのだと解釈したい。
この記事の中でご紹介した本
メディア・アート原論   あなたは、いったい何を探し求めているのか?/フィルムアート社
メディア・アート原論 あなたは、いったい何を探し求めているのか?
編集者:久保田 晃弘、畠中 実
出版社:フィルムアート社
以下のオンライン書店でご購入できます
「メディア・アート原論 あなたは、いったい何を探し求めているのか?」出版社のホームページはこちら
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