ヘーゲル国家学 書評|神山 伸弘(法政大学出版局)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月2日 / 新聞掲載日:2016年5月20日(第3140号)

国家の理念とは何か 
今日と未来の政治社会のあり方を考える、格好の機会に

ヘーゲル国家学
著 者:神山 伸弘
出版社:法政大学出版局
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本書の狙いは、「現代にも直結する国家の理念性を『法の哲学』から読み解く」ことである。著者はこれにより、「解釈者自身」の「国家像をヘーゲルのそれに押しつけて」きた、「従来の解釈史の不毛を乗り越え」ようとする。本書ではその代表格として、マルクスのヘーゲル批判の誤りが丁寧に例証されている。

四〇〇頁を超える大作で、テーマも多岐にわたるが、本書全体を貫く主旋律は、人びとの「教養形成」であり、またそれを通じた「普遍的な自己意識」の創出である。ヘーゲル自身が言うように、「国制は、当の人民の自己意識のあり方と教養形成とに依存する」からである。

著者によると、ヘーゲルの国家は教養形成された人民に媒介された「普遍態」であるため、その権力機構は「恣意性を除去」すべく組織化されている。例えば、議会は「政府提案に対して同意を与えるかどうかの決定権」をもち、「政策の実施の死命を制する」。君主も「政府官僚の任免をおこなう権限」をもち、「官僚にブレーキをかける」。議会と君主の「挟み撃ち」により、政府は恣意的な支配を阻止される。議会(下院)も市民の教養形成の場である「コルポラツィオン」の成員により構成され、恣意性を除去される。君主も「『然り』というIの上の〈点〉を打つ」だけの、形式的な最終意志決定を下すにすぎない。とすれば、国家の意志決定に際して実質的に優位に立つのは、“決定権”をもつ議会となろう。

これは「従来まったく看過されてきた」論点だという。事実『法の哲学』は、官僚優位国家論として非難されてきた。もっとも著者の主張は、法哲学講義録(一八一七/一八年)に多くを依拠する。複数ある同講義録のうち、信頼性が最も高いとされる文書ではあれ、講義録を著書と同等か、それ以上の典拠とすることに問題はないのかどうか、やや気にかかる。

著者はさらに、ヘーゲルの国家が「人民主権の本来的な具体化」であるとも主張する。国家を形づくる「法律」や「習俗」は、教養形成された人民の精神の現われであり、その意味で「国家のもつ精神性と人民の精神性とが一致」するから、人民は「精神的な存在として国家と同一視される」という。

とはいえ、世論に内在する「人民の実体的な要求」を認識するのは、当の「平凡な」人民自身でなく、「哲学者」のような「偉大で理性的な者」である。ヘーゲルにとって、哲学は少数者のものである(『エンツュクロペディー』)。哲学者の真理認識を「世論のがわが」「承認する」としても、これを人民主権と呼ぶことはできるだろうか。少なくとも、ヘーゲルは人民の教養形成に一定の限界を見ていることになろう。本書はこの点に分け入らない。

またこれに関連して、ヘーゲルは、「万民向けの真理」たる「真なる宗教が世界に現われ出て、国家において支配的にならないかぎり、国家の真なる原理は現実性のなかに入ってこない」と説き、政教分離に強く反対した(『エンツュクロペディー』)。本書はこの点にも立ち入らない。一般的な近代国家像を前提とする者にとって、ヘーゲルの主張は論じるに値しないものだろう。本書もこれと同じ立場であろうか。政教分離の近代国家が宗教勢力との戦争に行き着く危険を示すヘーゲルの洞察は、テロの世紀における宗教的恣意性の除去という観点から、示唆に富むとも思えるのだが。本書は全般的に、主権在民、国権の最高機関たる国会、思想・信教の自由等を保障するような、「立憲主義」の民主的な国家像に、ヘーゲルのそれを引きつける傾向にないだろうか。それは従来の解釈史と異なるのだろうか。

ともあれ、国家の理念をヘーゲルから読み解く本書の基本スタンスは、「ヘーゲルから現代を見」る眼差しを伴い、それはときに現代への批判的言辞となって現われる。例えば、著者はヘーゲルの「性別役割分業」に部分的に賛同し、「ジェンダー・フリー」の「男女共同参画社会」に懐疑的である。また、人民の「無教養」な「恣意」がまかり通る選挙に基づき、多数決で少数意見を排除する「今日的な議会制民主主義」は「専制」であり、「新自由主義」は「ファナティシズムの系」である、等々。本書はヘーゲルだけでなく、今日と未来の政治社会のあり方を考える、格好の機会を与えてくれる。著者の問いかけにどのように答えるかは、読者の教養形成にかかっている。
この記事の中でご紹介した本
ヘーゲル国家学/法政大学出版局
ヘーゲル国家学
著 者:神山 伸弘
出版社:法政大学出版局
以下のオンライン書店でご購入できます
「ヘーゲル国家学」出版社のホームページはこちら
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