ルポ 雇用なしで生きる  スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦 書評|工藤 律子(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月2日 / 新聞掲載日:2016年5月20日(第3140号)

ルポ 雇用なしで生きる  スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦 書評
渾身のルポルタージュ 
「もう一つの経済」を構築するために

ルポ 雇用なしで生きる  スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦
著 者:工藤 律子
出版社:岩波書店
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フリージャーナリストである著者は大学院卒業後、一貫して雇用なしで生きてきた。好きな仕事と衣食住に専念しているから可能なのだが、資本主義社会の下、特に都市生活者は雇用されなくなれば直ちに生活に困り、住処さえ確保できなくなるため、雇用なしに生きることはかなり厳しい選択だ。米国で二〇〇八年に起き世界中に影響が及んだ「リーマンショック」と呼ばれる深刻な金融危機は、多くの人々の生活が企業による雇用と賃金に依存していた実態をあらためて浮き彫りにした。不況は企業破綻や労働者大量馘首を招き、人々は生活を破壊され路頭に迷った。そう指摘する著者は「私たちの生きる社会・世界を支えていたのは人間の労働でも自然の恵みでもなく、企業家や投資家の手にある金だったという大なる矛盾を、私たちは金融危機を契機として本気で自覚した」と強調。この残酷な矛盾は「どのようにして生じたのか、どう解消できるのか」という難題への回答を本気で探す市民たちにスペインで出会い、取材を重ね、本書をまとめた。フリーランスで生き、世の矛盾や弱者に光を当て、スペインを長年、取材のフィールドとしてきたこの著者にしか書けない渾身のルポルタージュである。

大津波と東電原発事故を伴った東日本大震災から二カ月後の二〇一一年五月一五日、マドリード中心部は生活を奪われ政府の無策に抗議する何万人もの市民で埋まった。この時に始まった経済社会変革を目指す「15M」(五月一五日)運動にスペイン人の八割近くが共鳴、人々は「金だけに頼らない経済の在り方、生き方」に目を向け、そのメカニズムの創設に力を注いだ。既存の経済制度を覆すのではなく、その制度が解決できない諸事に対応する「もう一つの経済」を構築し、「二つの経済」を結び付ける。言わば、資本主義の欠陥を市民的次元で正しつつ、新しい市民的生き方の地平線を拓くというパラダイムの転換だ。

「もう一つの経済」では、たとえば、育児、孫の世話、家事、障碍者の労働なども正当に評価され、それらの貢献は時間で計られて「時間銀行」に登録される。貢献者は同銀行を介して必要な労働やサービスを受けることができる。隣人同士が労働やサービスを金でなく時間を基に交換し、持ちつ持たれつで助け合う「思いやりの銀行」なのだ。「時間預金」や「時間小切手」もある。参加者の積極的意志による相互扶助活動から、人間的交流という「金で買えない価値」が生まれる。食べ物を行き渡させるための「食料品銀行」や「連帯冷蔵庫」も展開されている。「まず私」という利己主義が「私たち」という連帯意識に変わることが「もう一つの経済」網の拡充に欠かせない。消費万能主義でない「もったいない主義」も自然に機能する。実はこうした運動の幾つかは日本人が日本で編み出したものだ。この事実は日本人も「もう一つの経済」の推進者、実践者に十分なり得ることを示している。

一方で「15M」運動には「資本主義なしで生きられる」という主張や、既存の経済社会秩序と対峙、それを乗り越えようとする一種の「無政府主義」と無縁でないようで、著者はこうした思想的側面も取材している。運動は「ポデモス」(私たちには可能だ)という政治運動を生み、それが政党となって今、スペインの国政を揺さぶっている。昨年一二月の総選挙で大躍進を遂げ、その「変革左翼」としての存在が、伝統的諸政党による新政権樹立のための多数派工作を難渋させた。スペインで作用し、資本主義と社会主義の超克を志向する「二一世紀型市民革命」の力学によって、現代世界に新しい世直しの希望が伝播するのを本書から感知できる。

「真の社会変革の達成は大仕事だが、どんな変革も先駆けとなる市民の行動がなければ始まらない。その心意気は私たち日本人にも求められている。安保法制の問題は<市民行動の重要性>を思い出させた。内外のあらゆる問題を私たち自身の問題として捉え直し、解決に向け行動せねばならない」――著者は訴える。「まず私が、あなたが、自分の日常を少しずつ変えていくのは可能だろう。そうした変化、変革への意識の拡がりがやがて周辺へ、世界へと拡がり、より自由で人間味のある世界を創造する。そう信じて、今日から動き始めよう」と熱く呼び掛ける。そして「スペインの風を背に受けて、私も真に自由で尊厳あるフリーランスであるために闘い続けたい」と表明する。本書は力作、労作にして、たくさんの日本人に読んでもらいたい逸品だ。篠田有史の大型写真が臨場感を醸す。
この記事の中でご紹介した本
ルポ 雇用なしで生きる  スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦/岩波書店
ルポ 雇用なしで生きる  スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦
著 者:工藤 律子
出版社:岩波書店
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