模範郷 書評|リービ 英雄(集英社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月8日 / 新聞掲載日:2016年5月20日(第3140号)

この作家の私小説の到達点であり決着点

模範郷
出版社:集英社
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模範郷(リービ 英雄)集英社
模範郷
リービ 英雄
集英社
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「模範郷」とは他では見ない語だが、台湾の地方都市、中台の町はずれにある一角の名。植民地時代の日本人が高級住宅地としたために中国人に「モーファンシャン」、その後アメリカ人が住むようになって「モデル・ヴィレッジ」と呼ばれた。

こう書けば、リービ英雄の読者なら思い当たる人も多いであろうが、彼が六歳から一〇歳まで住んだ家のあったところである。その後、両親の離婚によって、彼は母親に従ってアメリカに移ったから、暮らしたのは四、五年の間に過ぎなかった。しかしそこでの、周囲からは隔絶されたエリート家族のなかで迎えた自我の目覚めと、その一家の崩壊と離散という人生の激変とが重なった、リービ英雄のアイデンティティー形成の原点となったところである。彼の小説ではたびたび振り返られている、いわばトポスであるが、そこを五二年ぶりに訪ねたという話がこの小説「模範郷」である。

これまでにも行く機会がなかったわけではない。というよりも、現にこの時も何度目かの河南省歩きから帰ったばかりであったように、毎年のように大陸中国を訪れている彼には、その気になりさえすればいつでも行かれたはずであるが、そうならなかった、できなかった永いながいこだわりと逡巡のあげくの、故郷再訪であった。台湾の大学で日本語と日本文学を教え、『リービ英雄』(論創社)の著書もある笹沼俊暁が彼らの主催する学会にリービ英雄を招聘した、それが弾みとなって出かけたわけである。下準備としての笹沼たちによる現地調査も大きな力になっているに違いない。五二年、まさに梅子熟せり、だったのであろう。

そしてその結果――彼の住んだ家は既に無かったのであるが、また実は立派に顕在したのでもある。このあたりの奇跡的な事情は本書を直接見ていただくべきであろう。ただ一つだけ蛇足してみればこんなことがある。

無くなっていた家のあたりが分かったとき、そこでリービ英雄はことばを失い、涙ぐむ場面があって、読者である私も思わずぐっと詰まってしまったのだ。そしてリービさんも泣くか! と私も何だか思いがけないような、安心したような、いわく言いがたい感動に打たれた。リービ英雄の小説はあらまし読んでいるつもりだが、今までこんな気持ちになった覚えはなく、初めてのことだった。

思うに、ここで彼は、そして読者も、リービ文学の原点、無限のことばを生み出して来る、その源泉、あるいは、ことばになる前の裸の魂のありか、深い井戸の底のような、そんなところを覗き見ることになったのではないだろうか。

本書は「模範郷」の他に「宣教師学校五十年史」、「ゴーイング・ネイティブ」、「未舗装のまま」と、四編の近作短編を収録しているが、表題作が最も長く、一冊の半分を占めている。だから、というわけではないが、ある意味でこの「模範郷」はリービ英雄の私小説の到達点であり、決着点であるに違いない。言い換えれば、これまでのリービ英雄の小説のすべてはこの一作を書くためにこそあったのだ。この一作を措いて、私小説作家リービ英雄は語れなくなる、そういう一編である。
この記事の中でご紹介した本
模範郷/集英社
模範郷
著 者:リービ 英雄
出版社:集英社
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