参加者:荒巻義雄(作家)、増田まもる(翻訳家)、巽孝之(慶應義塾大学教授、SF評論家)  司会・本文構成:岡和田晃 山野浩一氏追悼パネル 電子版限定(2) 第56回日本SF大会(ドンブラコンLL) 於:静岡コンベンションアーツセンター・グランシップ|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月31日

参加者:荒巻義雄(作家)、増田まもる(翻訳家)、巽孝之(慶應義塾大学教授、SF評論家)  司会・本文構成:岡和田晃
山野浩一氏追悼パネル 電子版限定(2)
第56回日本SF大会(ドンブラコンLL) 於:静岡コンベンションアーツセンター・グランシップ

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第4回
●10:SFの歴史、リスクの誘惑

「スペースオペラとニューウェーヴと近未来」(出典不明)
同(掲載媒体をご存知の方は編集部までお知らせください)
岡和田 
1984年には、出典不明の謎の「文学大事典」という本に、「スペースオペラとニューウェ-ヴと近未来」という記事が載っています。
一方、同年出た『平凡社大百科事典』の2巻に「SF エスエフ」という項目があり、これはよく読むと、他に見たこともないようなニューウェーヴ中心史観なんですね(会場爆笑)
そして、サンリオの『SF百科図鑑』(ブライアン・アッシュ編、1978年)も忘れてはなりません。山田和子、國領昭彦、大和田始、野口幸夫と、このパネルで言及された各氏が翻訳に参加しています。
山野さんは、こうした事典の監修など通して、SFの歴史に興味をもっていたということで、生前未発表のSFの歴史の資料も発掘できました。感熱紙の原稿です
会場 
感熱紙……(ざわめく)。
岡和田 
巽さんの関わった「サイエンス・フィクション・スタディーズ(Science Fiction Studies)」の生原稿もあります。山野さんのお手元には、巽さんからの封筒も残っていたんですね(会場爆笑)。
巽 
すごいものが出てきちゃった(笑)。
岡和田 
『リスクの誘惑』(慶應義塾大学出版会、2011年)に収録される原稿と、あと巽さんからの手紙。
巽 
うちの大学の文学部では総合講座というものをやっていて、私はその共同コーディネータをかれこれ四半世紀ほど務めてるんですね。毎週、違うゲスト講師を内外からお呼びしてお話をしてもらうオムニバスで、本当に知的好奇心のある学生が出てくるのですが、今世紀の初頭に年間のテーマを「リスクの誘惑」と決めた時に、山野さんを講師にお招きしたんです。そのころ「ユートピアの期限」とか「幸福の逆説」といったタイトルで二年間ワンセットでやって、成果を順次、一種の共同研究として単行本化していきました。で、「リスクの誘惑」といったら、やはり山野さんだろうと。山野さんは大学の教壇にのぼることを大変に名誉に思ってくださって、都内に住んでおられたはずですが、慶應に近い清正公前の都ホテルに宿をとられて、前の晩から泊まられて、もう万全の準備体制ですよ。最後の打ち合わせをしたいから、と。私はコーディネータとして接待する側のはずなのに、この時は山野さんが、都ホテルのレストランでご馳走して下さった。同行した女子大生のアシスタントが一番トクしたんじゃないかな。とにかく準備に時間をかけてくだった。よくよく振り返ってみれば、荒巻さんの『白き日旅立てば不死』もギャンブルを繰り返すうちに多元宇宙へさまよいこむ物語ですから、スペキュレイティヴ=投機的なモチーフは思弁小説(スペキュラティヴ・フィクション)とはもともと相性がいいんでしょう。
岡和田 
これはまだ、流通在庫がたくさんあると思うので、読んでいただければと。
巽 
たくさんあります。
岡和田 
サンリオSF文庫がたくさん出ていて、サンリオはいわゆるブラック企業だったと思うんですね。『サンリオ闘争の記録』(マルジュ社、1984年)という本が出ていまして。あまり話題になりませんが、絓秀実(文芸評論家)さんや、野崎正幸(現・古書店「文雅新泉堂」店主)さんなども参加していました。「サンリオは翻訳が悪い」と言われ、「読書人」の時評で反論を寄せていたり(「TH(トーキング・ヘッズ叢書)」No.73、連載「山野浩一とその時代(2)」、2018年1月で詳しく紹介)。
山野さんはちゃんと監修しているという自負があったからなのでしょうが、訳が悪いという問題があったとしたら、サンリオの「丸投げ体質」によるものではないかという仮説が出てくるわけです。
巽 
それは、読まなきゃ。
岡和田 
SF史への関心とは別に、馬主をやってオーストラリアへよく出かけられた関係で、オーストラリア文学についても関心が出てきたようで、これは「すばる」に掲載されたオーストラリア文学論ですね。「ゴールデンサマー反夢の風景」(1989年4月号)。河野典生さんの『街の博物誌』(ファラオ企画版)の解説が1991年の7月。英訳の「サイエンス・フィクション・スタディーズ」が94年。
その後、「リスクの誘惑」がありましたが、SFの仕事は途絶えていて。2007年に横浜で開催されたワールドコン(世界SF大会)で「ニューウェーヴ・スペキュレイティヴ・フィクション」パネルに参加されました。グラニア・デイヴィスさんと並んでおられたのが知られていますが……増田さんが司会を頼まれたんですよね。
増田 
登壇者のプロフィール紹介とか、ぜんぶ頼まれてね(笑)。グラニアさんというのは、『どんがらがん』(河出文庫、2014年)のアヴラム・デイヴィッドスンの元奥さんだというのが、知られていると思いますが、「NW-SF」にも「敗者には何もやるな」という短編が掲載されています(No.16、1980年9月)。グラニアさんも亡くなってしまいました。このとき、もうひとり関わっていたのがイラストレーターのYOUCHANです。

YOUCHAN 
(客席から)そうそう、客席にいたんです。すごい偶然!
岡和田 
作家の笙野頼子さんと山野浩一さんが、並んで写真を撮っておられて。すごい取り合わせですね。
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