東京近江寮食堂 / 渡辺 淳子(光文社)医食同源、近江の食で勝負!  垂涎しつつ泣ける、下町の美味なる人情話|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月4日 / 新聞掲載日:2018年8月3日(第3250号)

医食同源、近江の食で勝負! 
垂涎しつつ泣ける、下町の美味なる人情話

東京近江寮食堂
著 者:渡辺 淳子
出版社:光文社
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東京近江寮食堂(渡辺 淳子)光文社
東京近江寮食堂
渡辺 淳子
光文社
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抗がん剤で味覚に障害をきたした患者を看護するたび、とても気の毒に感じていた。ただでさえストレスフルな生活なのに、食べる楽しみもないのはつらすぎる。その上、味覚を治す薬もまだないときた。

もし自分が患者の立場になったらどうだろう。うまいものを食べるのが好きな私は(飲む方もだが)、ものを変な味に感じると、食べなくなるかもしれない。
食べないと、体力が落ちるからから働けない。働けないと、バカ高い抗がん剤代を工面するのに四苦八苦して路頭に迷う。貧困や路上生活者の問題は、他人事じゃない。

背に腹は代えられないから、故郷に帰ってしまおうか。幸いにも両親は滋賀で健在だ。親の年金をかじる生活も、病を得ていれば批判はされまい。

滋賀は地味だが、住みよいところだ。気候は温暖、台風と竜巻と豪雨と地震にさえ気をつければ、琵琶湖では水泳を、箱館山ではスキーを楽しめる。なにより、近江牛や守山メロン、鯖寿司に小鮎の天ぷらなど、うまいものがいっぱいなのだ。

近江の食を楽しむとなると、抗がん剤はやめねばなるまい。しかし命だけは助かるはずだ。なにしろ滋賀は都道府県別平均寿命ランキング女性4位と、上位なのだ(男性は1位だけど)。

おっと、いけない。まるで空気のような存在だから忘れていた。私には二十年以上も連れ添った夫がいる。老いた親を頼るより、まずは配偶者に相談するのがスジというもの。「働かざる者食うべからず」がモットーの夫も、まさか患う妻にむち打つまねはしないだろう。

しかし一点、気になることがある。私は夫の目前で、痰をカーッとやったり、風呂上がりに一糸まとわぬ姿でうろうろしたり、腸内の気体を音ありで放出したりしている。夫も同じ行為をするので男女平等を実践しているわけだが、本当に大丈夫だろうか。

もしも夫が私に愛想をつかしたらどうしよう。抗がん剤代どころの話ではない。夫が突然私の元から去ったとしたら、生きていけない。出会ったころより二十キロ太り、髪も減った男だが、愛しているのだ。

やっぱり抗がん剤代は自分で稼ごう。となると、味覚障害はなんとしても克服せねば。医食同源、舌を治す薬の開発を待つより、食で勝負だ。がんばるぞ。

なになに、実はあの食物が味覚障害に効くらしいとな。日本人が昔から食べてきた、平べったく、黒くゆらゆらとゆれる、あの食物か――。

などと、徒然なるままに書きつくったものが、小説『東京近江寮食堂』である。件の食堂は東京都東部の、「谷根千」にある。そぞろ歩きをする人でごった返し、最近は外国人観光客もたくさん見られるようになった。古き良さも残しつつ、洋品店や雑貨店、おしゃれなカフェも増え、十数年前に私が住んでいたころとは、少し違った顔を見せている。

そんな下町の美味なる人情話。垂涎しながら泣けること請け合いだ。よければ執筆中の続編(年内刊行予定)にも、どうか期待していただきたい。(わたなべ・じゅんこ=作家)(二九六頁・六六〇円・光文社)
この記事の中でご紹介した本
東京近江寮食堂/光文社
東京近江寮食堂
著 者:渡辺 淳子
出版社:光文社
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