絵草紙屋万葉堂 鉢植えの梅 / 篠 綾子(小学館)江戸の女性記者  現代の風景が江戸と重なる|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月4日

江戸の女性記者 
現代の風景が江戸と重なる

絵草紙屋万葉堂 鉢植えの梅
著 者:篠 綾子
出版社:小学館
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江戸時代に女性の文筆家はいたのだろうか。それがそもそもの出発点でした。

歌人や俳人、随筆家などはもちろんいるのですが、男性の俳人や黄表紙きびょうし読本よみほん作家の活躍に比べると、女性は目立ちません。江戸時代同様、太平の世であった平安時代と比べても、紫式部や清少納言に匹敵する女性はいない。いえ、そもそも存在していないのか、それとも知られていないだけなのか。そこのところが気になりました。

そうするうち、黒鳶式部くろとびしきぶという女性に行き着いたのです。

あの山東京伝さんとうきょうでんの妹が、何と十四歳で黄表紙を世に出していた!

天才女性作家がいるじゃないの、と心は踊りました。

彼女を書く書かないはともかくとして、その時代の出来事を当たっているうちに、ある歌と出会いました。

田沼意次おきつぐの息子意知おきともが刺殺された直後、世に出回った落首の中の一首なのですが、当時のオランダ商館長イサーク・ティチングの著作『日本風俗図誌』に紹介されています。

この事件をうたった歌はどれもおかしいくらい、田沼意次、意知父子への悪意に満ちているのですが、その中に一首だけ、違ったおもむきの歌がありました。この歌にのみ私は共感を覚え、『鉢植えの梅』の中に取り上げました。タイトルとも縁の深い歌です。

 鉢植ゑて梅か桜と咲く花を たれたき付けて佐野に斬らせた

梅か桜か、大事してきた鉢植えの花を、一体誰が佐野をそそのかして伐らせたのか――佐野善左衛門ぜんざえもんをそそのかして意知を斬らせたのは誰か、という意味です。

事件の真相は今なお不明ですが、当時から黒幕の存在を疑ってかかった人はいたわけです。皆が「田沼父子が憎い!」「佐野はよくやった!」と声を上げる中、それは違うのではないかと思う人もいた。事あるごとに、さまざまな声があふれ返るネットを前に、疑問を持つ人も何となく恐ろしいと感じる人もいる――そんな現代の風景が江戸と重なりました。

さて、そんな小さな声を代弁してくれる主人公にふさわしいのは、女流文学者ではないでしょう。歌人でも俳人でもありません。その役どころは読売よみうり瓦版かわらばん)の女性記者こそがふさわしいのです。

実際、江戸時代にその類の女性がいたかどうかは分からないのですが、男性作家ばかりがもてはやされる黄表紙の世界でも、女性作家はちゃんと存在しました。女性記者がいたとしても不思議ではありません。

主人公万葉堂まんようどうの娘さつきは女性記者として読売を作り、幼なじみのおよねは黒鳶式部として黄表紙作家になります。次作では、およねの黄表紙も鶴屋喜右衛門つるやきえもんの店から出版されることでしょう。

江戸の女性記者と女性作家。

二人の活躍を、今後もぜひ応援していただければ――と、心より願っております。(しの・あやこ=作家)(三二〇頁・六三〇円・小学館)
この記事の中でご紹介した本
絵草紙屋万葉堂 鉢植えの梅/小学館
絵草紙屋万葉堂 鉢植えの梅
著 者:篠 綾子
出版社:小学館
以下のオンライン書店でご購入できます
「絵草紙屋万葉堂 鉢植えの梅」出版社のホームページはこちら
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