羊と鋼の森 / 宮下 奈都(文藝春秋)私の中の森がいつか大きな森に  平凡で特別なことの起こらない、でも掛けがえのない人生を描く|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月4日 / 新聞掲載日:2018年8月3日(第3250号)

私の中の森がいつか大きな森に 
平凡で特別なことの起こらない、でも掛けがえのない人生を描く

羊と鋼の森
著 者:宮下 奈都
出版社:文藝春秋
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羊と鋼の森(宮下 奈都)文藝春秋
羊と鋼の森
宮下 奈都
文藝春秋
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『羊と鋼の森』という小説は、高校の体育館でピアノと運命的に出会った主人公が、調律師としてピアノやピアニストたちを支えられるよう、いい音をめざして一歩一歩進んでいく物語だ。こう書くと、なんというそっけなさだろう。そんな話がおもしろいのだろうか、と自分でも思う。でも、小説というのは、あらすじには表せないものでできているのだ。そう考えると、私たちが生きていることとよく似ているのではないかと思えてくる。

私の人生はおもしろいだろうか。誰かの人生ならおもしろかっただろうか。

誰かに語って聞かせるには平凡で、特別なことの起こらない人生に見えても、人生の主人公にとっては掛けがえないのないものだ。誰かと出会ったり、誰かと別れたりする、それだけでも一大事件なのだ。履歴書に書けば一枚の紙に収まってしまう人生が、ときに輝き、ときには曇り、嵐に遭い、また陽が射したりすることを私たちは知っている。小説というのも、そういうものなのではないかと思う。

主人公の外村は、調律師を目指すけれども、特別な才能に恵まれているわけではない。華やかな経歴も持たず、大きなチャンスをつかむわけでもない。そういう人が歩いていく物語だ。そういう人のことを書きたかったのだ。あらすじにしてしまうとどこがおもしろいのかわからないような人生や物語にも、花が咲き、実がなる。『羊と鋼の森』では実がなるところまでたどりつけなかったけれど。

小説が巣立つまでには時間がかかる。『羊と鋼の森』に関していえば、まず、文芸誌で一年以上をかけて連載があり、書きあがってからまたじっくり時間をかけての加筆修正期間があり、それからようやく単行本になった。そのあと二年半ほど経って文庫になり、さらに時をおいて映画にもなった。

私の中にあるだけだったはずの森は、いつのまにか大きな森になった感じがする。もう私はすっかり森を離れて歩いていてもいい頃だろう。それなのに、私は、今も森にいる。正確にいうなら、森で迷っている。羊と鋼の森の中で迷っているのではなく、たぶん、また別の森だ。迷子の例にたがわず、森の全体をつかめない。自分が今どの森のどのあたりにいるのか、どれくらい歩けばひと休みできるやわらかな草地へ出られるのかさえわからない。もしかしたら、すっかり巣立って遠くなったと思っている羊と鋼の森からつながっている森なのかもしれない。

主人公外村の祖母は、「だいじょうぶだよ。あの子は、どんなに森で迷っても必ず帰ってきたから」といっていた。私もだいじょうぶだろうか。どんなに迷っても、帰れるのだろうか。願わくば、元いた場所に戻るのではなく、森を抜けて、どこか明るい陽の射す開けた場所へ出られますように。そう願うけれど、やっぱり自分が今どこにいて何を書いているのか、よくわからないのだ。(みやした・なつ=小説家)(二八八頁・六五〇円・文藝春秋)
この記事の中でご紹介した本
羊と鋼の森/文藝春秋
羊と鋼の森
著 者:宮下 奈都
出版社:文藝春秋
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