文選 詩篇 (一) / 川合 康三(岩波書店)『文選 詩篇』六冊をめぐって 紀元前三世紀から紀元後六世紀にわたる文学の精華|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月4日 / 新聞掲載日:2018年8月3日(第3250号)

『文選 詩篇』六冊をめぐって
紀元前三世紀から紀元後六世紀にわたる文学の精華

文選 詩篇 (一)
翻訳者:川合 康三
出版社:岩波書店
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文選もんぜん』は西暦でいえば五三〇年ころ、南朝・梁の昭明太子によって編まれた文学のアンソロジーである。収められた作品の時期は、紀元前三世紀から紀元後六世紀にわたるほぼ八〇〇年間。ジャンルは賦・詩をはじめとして各種の韻文と散文――当時文学とみなされたすべての文体を含む。唐以前の文学の精華はここに凝集している。以後の文学は『文選』の作品を規範としながら展開していった。科挙に応ずる者たちにとっては詩文を作るための必須の教科書でもあった。まさしく文学の古典として君臨し続けたといっても過言でない。

『文選』の重視は日本にも及んだ。早くは万葉歌人に始まり、「ふみは(白氏)文集、文選」(『枕草子』)、「文は文選のあはれなる卷々、白氏文集」(『徒然草』)とまで言われた中古・中世を経て、鷗外・漱石・荷風ら近代の文学者にとっても座右の書であった。

かくも重い意義をもち、時間的にも空間的にも広範に受容された『文選』ではあるが、今日の日本では残念ながら身近な古典とは言いがたい。それは中国古典文学そのものが読書界から遠い存在になってしまったためのみならず、『文選』作品のとっつきにくさもその一因だろう。日本人が親しんできた唐詩のように、気安く口ずさめるものではない。

今回、刊行しつつあるのは、『文選』全体のほぼ四分の一弱にあたる「詩」の部分の全訳であるが、わたしたちはできうる限り平明な叙述を心掛けた。原文・訓読・語注・訳、従来の中国古典の注釈が必ず踏襲するそれらに加えて、さらに補釈を設けた。補釈は作品全体の意味、作品の背景、そして文学としての意義や文学史における位置づけなどについて、簡明に記そうとしたものである。これまでの注解は表面の語釈に終始して、作品の深部に踏み込もうとはしなかったように思う。訳は訓読という便利な手立てに頼って、日本語として自立できる訳文を作ることをなおざりにしてきたように思う。訓読は原文に触れながら意味もほぼつかめるために、訳は必要とされなかったのだ。しかし訓読の文体自体もなじみにくくなった今、新たな訳文の工夫が求められる。加えて、訓読では行き届かない読解を補ってこそ、作品は十全に味わうことができる。細緻に読むことによってこそ、古典作品のおもしろさは実感できる。その意図がどこまで達成できたかはともかく、少なくともわたしたちはおざなりな解釈は排し、自分自身の感性と思考を通して作品を把握し、それをことばにすることに努めた。本書を通して、『文選』が再び日本の文学、文化のなかによみがえることをひたすら願っている。

なお、すでに刊行された第一冊、第二冊を対象として、荒川洋治氏が精彩に富む紹介と批評を書かれているのも参照していただきたい(毎日新聞七月一五日書評欄)。
(かわい・こうぞう=京都大学名誉教授・中国文学)
(一~三巻/各四一六頁・各一〇二〇円※以降続刊・岩波書店)
この記事の中でご紹介した本
文選 詩篇 (一)/岩波書店
文選 詩篇 (一)
翻訳者:川合 康三
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
文選 詩篇 (二)/岩波書店
文選 詩篇 (二)
翻訳者:川合 康三
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
文選 詩篇 (三)/岩波書店
文選 詩篇 (三)
翻訳者:川合 康三
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
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