ため息に溺れる / 石川 智健(中央公論新社)ため息に溺れる前に――  小さな悲しみや苦しみが身体の奥底に降り積む|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月4日 / 新聞掲載日:2018年8月3日(第3250号)

ため息に溺れる前に―― 
小さな悲しみや苦しみが身体の奥底に降り積む

ため息に溺れる
著 者:石川 智健
出版社:中央公論新社
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早さを求める現代において、すぐに内容が分からず、時間をかけなければ結論を確認できない小説というのは、旧態依然とした表現方法です(もちろん、そこが好きなのですが)。ですから、本を選ぶ作業は慎重にします。有限の所持金を、無限とも思える書店の本に投資する作業は、手に汗握るものがあります。本の選び方は人それぞれかと思いますが、僕が書店で本を手に取るときに確認するポイントは、題名と、最初の一文です。
『ため息に溺れる』

これは、今回の作品の内容に沿ったタイトルです。ため息に溺れた方はいないと思いますが、なんとなく分かるような気がすると感じる方もいるのではないでしょうか。大きな悲しみや苦しみを抱えているとき、人は涙を流します。中程度だったら、お酒を呑んだり甘いものを食べたりして気を紛らわせます(僕の場合です)。そして、小さな悲しみや苦しみが身体の奥底に溜まっているときには、ため息を漏らします。この、小さなため息の積み重ねで、人は溺れたような感覚を抱くことがあります。

冒頭で死に臨む指月は、由緒ある蔵元医院の婿養子です。“白亜の御殿”といわれる豪邸に住む蔵元家は、地元の有力者であり、警察署長に顔が利く立場にあります。一度は自殺と断定されるのですが、あることがきっかけで、刑事である羽木薫が豪邸に入り、蔵元家の調査をすることになります。古典的な舞台ですが、現代の社会で取り沙汰される問題や内容を含んでいます。
“どうか、誰も疑われませんように――”

これが、最初の一文です。こんなことを願いつつ、死んでいく指月という人間の不可思議さ。この一文の真の意味が明らかになり、氷解するカタルシスを、是非共有してほしいです。

この作品は、題名と最初の一文に力を入れました。ただ、だからといってストーリーで手を抜いたわけではありません。自殺した指月は、本当に自殺なのか。それとも、狡猾な祖父・小心者の父母・怠惰な兄・ストーカー気質の妻で構成される蔵元家の中に、殺人犯がいるのか。謎と並走しつつ、読者を真相へと導きます。

結論も、しっかりと練ったものになっています。『ため息に溺れる』の帯には“ラスト十ページ見えていた世界が一変する”と書かれてありますが、実はこの作品、どんでん返しで驚かせるというより、誰もが多かれ少なかれ持っている、ある考えを効果的に示すことができればなと思って書きました。

大きな悲しみや苦しみを抱える人は、周囲から同情されます。しかし、小さなものだと、見向きもされません。「これくらいなら我慢できる」といった小さな悲しみや苦しみは、ため息となって外に出て行きますが、消え去るわけではありません。それらは我が身にまとわりつくように留まります。身動きが取れなくなる前に振り払えればいいのですが、そうできない人もいます。
『ため息に溺れる』を読んで、少しでも共感していただければ嬉しいです。そして、皆様におかれましては、ため息に溺れる前に、本を読んだり旅行に行ったり、酒を呑んだり甘いものを食べて、ご自愛ください。(いしかわ・ともたけ=作家)(三四四頁・六八〇円・中央公論新社)
この記事の中でご紹介した本
ため息に溺れる/中央公論新社
ため息に溺れる
著 者:石川 智健
出版社:中央公論新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ため息に溺れる」出版社のホームページはこちら
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