君たちはどう生きるか 書評|吉野 源三郎(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月5日 / 新聞掲載日:2018年8月3日(第3250号)

修身から哲学へ
岩波文庫

君たちはどう生きるか
著 者:吉野 源三郎
出版社:岩波書店
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今年から小学校で道徳の授業が成績評価対象の教科となった。また、「教育勅語」に代表される修身の徳目を初等教育に復活させようという動きは、想像以上に顕著になっている。戦前の修身が戦後の社会科に置き換えられたことへの著しい反動が起きている。

私の世代は小学校の道徳は成績評価対象にならかった。中学校、高校では社会科の一科目である「公民」や「倫理社会」などの授業を受けて育った世代だ。「君たちはどう生きるか」という本を横目に見ながら、これまで読んでみたことはなかった。書名そのものが、なんとなく説教臭い気がしていた。どう生きても、それぞれの勝手でしょうという昭和後期の時代の気分に染まっていたのである。

だから、徳目を丸覚えする修身から哲学的な問いに生きることを説く本であることを知らずにいた。人間の社会を全体的なネットワークとして見る社会学や経済学の知見を個人の感受性の中に見出す過程を描いた本であることを知らなかった。巻末に収録された丸山真男の著者への弔辞である「『君たちはどう生きるか』を巡る回想」がそのあたりのことを、丸山自身の体験を踏まえながら懇切丁寧に解説して読み応えがある。

この本は一九三七年(昭和一二年)に新潮社の「日本少国民文庫」の一冊として上梓され、戦後も版元を変えながら読み継がれたものだ。岩波文庫の「君たちはどう生きるか」は一九三七年の「日本少国民文庫」版を収録している。吉野源三郎は「日本少国民文庫」は「偏狭な国粋主義や反動的な思想を超えた、自由で豊かな文化があることを」少年少女に伝えたいと山本有三の発案で刊行されたシリーズの最後の配本であり、もともと山本有三が執筆する予定であったものが、病気のためシリーズの編集者であった吉野源三郎が執筆にあたったことを明かしている。時代思潮に抵抗しながら書かれたこの本は、戦後も読み継がれ、昭和中期、昭和後期の時代精神を深いところで支えてきた本であることが、今さらながらに実感される。

昭和初期の東京を描く目が優しい。冒頭、コペル君がなぜコペル君と呼ばれるようになったのかを描く場面である。自分中心の世界から、ネットワークの中の自己に気付く場面である。天動説から地動説への展開に重ねられた気付きからコペル君と呼ばれるようになったと解き明かされる。

私たちは冒頭の描かれた昭和初期の東京が戦災によって灰燼に帰したことを知っている。またこの本の主人公であるコペル君が昭和一二年当時の旧制中学一年生であったとすれば、太平洋戦争中に徴兵年齢に達して多くの戦死者を出した年代でもあると推察がつく。そしてこの本の中には戦後を支える精神が用意されていた事実に深く触れることができる。この本は現代の古典として読み継がれるにふさわしい内容を持っている。(なかざわ・けい=作家)
この記事の中でご紹介した本
君たちはどう生きるか/岩波書店
君たちはどう生きるか
著 者:吉野 源三郎
出版社:岩波書店
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