ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや 書評|坂井 希久子(角川春樹事務所)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月5日 / 新聞掲載日:2018年8月3日(第3250号)

“飯テロ”の極地、高質なミステリー
ハルキ文庫

ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや
著 者:坂井 希久子
出版社:角川春樹事務所
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近年、文庫書き下ろしの時代小説は、料理ものがブームになっている。この流れを作ったのは、大坂から江戸に出てきた料理人の澪が、上方と江戸の味の違いなどに戸惑いながらも、お世話になった大坂の名店の再建を目差す髙田郁〈みをつくし料理帖〉シリーズだった。ハルキ文庫の看板だった〈みをつくし料理帖〉は二〇一四年に全十巻で完結したが、その後を受けて二〇一六年に登場したのが、坂井希久子の初の時代小説〈居酒屋ぜんや〉シリーズの第一弾『ほかほか蕗ご飯』だった。同じレーベルに偉大な作品があるだけにプレッシャーは大きかったと思うが、初めての時代小説とは思えない円熟の筆で描かれる物語は読者の支持を集め、ハルキ文庫の料理ものの名跡を見事に継承することになった。

微禄の旗本の次男・林只次郎は、美声の鴬ルリオを使って、客からあずかった鴬の鳴き方を矯正する仕事で家計を支えていた。シリーズの記念すべき第一話「笹鳴き」は、父の上役からあずかった鴬が行方不明になり窮地に陥った只次郎が、話すと気鬱が消えると評判の女将お妙がいる居酒屋ぜんやを訪れることになる。お妙に一目惚れした只次郎が、お妙の作る美味しい料理を食べながら、様々な事件に挑むことで物語は進んでいく。

そのため『ほかほか蕗ご飯』だけを見ても、「しっかり乗った脂がとろんと溶けて、口の中に広がってゆく至福」の鰤大根(「冬の蝶」)、「土鍋の蓋を取ると、もわっとした湯気とともに、清々しい香りが鼻先をくすぐ」る蕗ご飯(「なずなの花」)など、五官すべてを刺激する美味しそうな料理の描写が連続する。まさに食欲を刺戟する“飯テロ”の極地なだけに、夕食を食べ終わった後に読む時は注意が必要である。

ただ本シリーズの魅力は料理だけではない。「笹鳴き」が前半部から周到に伏線を配置し意外な犯人と動機を浮かび上がらせたように、ミステリーとしてもクオリティが高い。また鴬の世話の仕方、師匠役の鴬を使った鳴きグセの直し方なども活写されており、動物好きも満足できるだろう。これにお妙と只次郎の恋の行方、お妙を恋愛に消極的にさせている過去の因縁、只次郎の実家が巻き込まれるトラブルなど人情ものの要素も加えられている。お妙を狙う男の正体と寿命が短いルリオの後継問題が物語を牽引する第二弾『ふんわり穴子天』、怪しい駄染め屋を追う第三弾『ころころ手鞠ずし』、浪人の草間重蔵がお妙の用心棒になる第四弾『さくさくかるめいら』と、物語が進むにつれ巻をまたぐような大きな事件も発生し、登場人物の関係性も複雑になるので大河ロマンの風格もあるのだ。このように〈居酒屋ぜんや〉には、どんなジャンルが好きでも楽しめる懐の深さがある。

著者は、家族の崩壊と再生を追った『ただいまが、聞きたくて』など重くシリアスな作品も書いているが、本シリーズはたとえ陰惨な事件が起きても、やさしく思いやりがある只三郎とお妙が、傷ついた人たちを癒していくので読後感は悪くない。殺伐とした現代社会にやすらぎを与えていることも、シリーズの人気を支えているのではないだろうか。
この記事の中でご紹介した本
ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや/角川春樹事務所
ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや
著 者:坂井 希久子
出版社:角川春樹事務所
以下のオンライン書店でご購入できます
「ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや」出版社のホームページはこちら
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