北京餐庁(レストラン)情報―北京を食べて三十四年 書評|山本 英史(研文出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月9日 / 新聞掲載日:2016年5月20日(第3140号)

心と舌がざわつくエッセイ 
北京の時間の流れと空間の体感的な広がりが的確にとらえられている

北京餐庁(レストラン)情報―北京を食べて三十四年
著 者:山本 英史
出版社:研文出版
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著者・山本氏は本来、明清史、中国近代史の専門家だ。その知的好奇心、行動力、そしてほどよい時間的、空間的距離感のある定点観測ならではの簡明さで、読み物としての小気味よい楽しさも備わった、極めて情報量の豊かなエッセイである。

「世紀末北京の変化、とくに市民の食文化と密接にかかわる餐庁、つまりレストランの興亡についての情報」としてまとめ、親しい人に向けた「趣味的備忘録」であり、「不特定多数の読者を想定して書いたものではない」とあとがきで著者は記している。

その不特定多数の読者でありながら、胸にこみあげてくるものをこらえきれず、目に涙を浮かべながら本書の頁をめくったのは自分だけであろうか。本書に網羅されている時代とほぼ同時期、九四年から十六年間北京で暮らした日本人として、懐かしい留学生活をはじめとする個人的な北京の記憶の原点がこれほどまでに鮮明に呼び起されることに、驚愕と喜びを覚えずにはいられない。

改革開放政策のもと、九十年代に入って経済発展が加速、さらにWTO加盟、オリンピック開催で劇的な変化を遂げた北京において、中国人の食文化、中でも外食産業の変貌はめまぐるしい。外国人には馴染みにくかった効率とも笑顔ともサービスとも無縁の中国独自のシステムが、次第に「国際化」されてゆく。

そんな中、良くも悪くも時代の流れとは別のところにあり続けた「老字号」と呼ばれる主に国営の老舗レストランを中心に、著者は自らの感性と舌と足で北京の餐庁を丁寧にめぐる。時期によって店の雰囲気も味もまったく異なり、同じ店とは思えないほどまずくなっていたり、再びかつての味が復活したり。土地開発の煽りを受けて移転する店、経営母体が入れ替わり、似て非なるものになってしまう店、おいしかったのになぜかつぶれてしまう店もある。三十四年前と比べ、いや二十年前と比べても、変わらぬ店を探すほうが難しい。

そんな店に丹念に足を運ぶ著者の周囲は、個性豊かな登場人物、中国ならではのカルチャーギャップネタにも事欠かない。思わず吹き出してしまうエピソードやほほえましいオチも、軽妙洒脱に綴られている。

丁寧に更新されている図書館、文書館のその時々の状況も興味深く有用な情報だが、さらにもう一つ、激変した交通手段、アクセス事情の変遷史という資料的価値にも、本書の裏テーマとして注目したい。凄まじいスクラップ&ビルドを繰り返した北京の街並みや道路の変貌、庶民の貴重な足である公共バス、淘汰されたミニバス、タクシーの車種の変遷、駅がどんどん増殖し、カバーエリアが拡大してゆく地下鉄の料金の変動……北京における時間の流れと空間の体感的な広がりが的確にとらえられる。物価、貨幣価値も含むこうした等身大の体感は、中国人の価値観や思考の流れ、方向性の理解におおいに資するものであろう。

心と舌がざわつき「そうだ 北京、行こう」とつぶやいてしまう一冊である。
この記事の中でご紹介した本
北京餐庁(レストラン)情報―北京を食べて三十四年/研文出版
北京餐庁(レストラン)情報―北京を食べて三十四年
著 者:山本 英史
出版社:研文出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「北京餐庁(レストラン)情報―北京を食べて三十四年」出版社のホームページはこちら
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