少年の名はジルベール 書評|竹宮 惠子(小学館)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月9日 / 新聞掲載日:2016年5月20日(第3140号)

少女マンガファンだけに読まれるのは絶対にもったいない
尖鋭的な作品「風と木の詩」ができるまで

少年の名はジルベール
著 者:竹宮 惠子
出版社:小学館
このエントリーをはてなブックマークに追加
少年同士の肉体関係も含む恋愛を描くことで、センセーションを巻き起こした「風と木の詩」。その著者竹宮惠子の「少年の名はジルベール」は、竹宮自身の自伝である。1970年10月から2年ほど住んだ練馬区大泉のオンボロ長屋、通称「大泉サロン」での生活にも多く字数が割かれている。

同居人であり、「ポーの一族」「トーマの心臓」などで名を成す萩尾望都や、この長屋を紹介し、一時期竹宮惠子のブレーンであった増山法恵。彼女たちと生活をともにすることで感じたワクワク感、サロンを解散するに至るスランプのジリジリする焦燥感などがそこには綴られる。「大泉サロン」で交流のあった作家のうち何人かは、今も「24年組」のメンバーとして、少女マンガ史上注目され続けている。ディープな少女マンガファンにとっては、この「大泉サロン」時代の話は見逃せない。しかしこの本、少女マンガファンだけに読まれるのは絶対にもったいない。

「風と木の詩」連載初回の『少女コミック』1976年10号には、カラー扉に「構想7年」とある。次のページはいきなり少年同士のベッドシーン。初回の下描きは構想から間をおかず描かれ、何年も経てから掲載された連載初回とほとんど変わらない。

竹宮先生と話す機会があった際、聞いてとても意外だったのが、先生本人は自分のことを、職人的にマンガが描けるタイプで、描きたい作品を追及する芸術家肌なタイプだと思っていたわけではなかったそうだ。だが、「風と木の詩」だけは特別で、ジルベールというキャラクターに出会い、どうしてもこの作品を描きたいという気持ちが竹宮を突き動かしたという。

本書にもあるが、発表したくて思いつく限りの媒体に交渉した。だがどこも首をたてに振ってくれない。当時は、少女マンガ誌に限らず本作の連載は難しかっただろう。というかジャンルが細分化された分、今でも本作を少女マンガ誌で連載するのは難しいだろう。それくらい尖鋭的な作品なのだ。

竹宮はスランプでやせ細りながらも、本作を描きたいというモチベーションを失わず創作を続ける。そんな中、74年に担当となった編集者の「これを描きたいならヒット作を出すことだ。ヒットを出した作家の希望は叶う」という、今までとは違う主旨の助言によって道が開ける。絶対ヒットする作品を描こうと決意し「ファラオの墓」を連載、本当にヒットさせ、とうとう「風と木の詩」の連載にこぎつけるのだ。

「風と木の詩」という作品は、血の通った身体を持つ少女たちや、社会的少数派であった青年たち、何となくこの世を生きにくいと感じていた多くの人たちを助けたに違いないと確信する。若い世代に向けて、生きることの本当の喜びやつらさを描くこの作品が世にでて、本当によかったと思う。  

また、本書は、困難な仕事に誠実に取り組む仕事人、あるいはそうした仕事人を育てたいと願うすべての人に読んでもらいたい。
この記事の中でご紹介した本
少年の名はジルベール/小学館
少年の名はジルベール
著 者:竹宮 惠子
出版社:小学館
以下のオンライン書店でご購入できます
「少年の名はジルベール」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
人生・生活 > エッセイ関連記事
エッセイの関連記事をもっと見る >