岐阜を歩く 書評|増田 幸弘(彩流社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月9日 / 新聞掲載日:2016年5月20日(第3140号)

ありふれたものに潜む意味 
岐阜から仰ぎ見る再生の可能性

岐阜を歩く
著 者:増田 幸弘
出版社:彩流社
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岐阜を歩く(増田 幸弘)彩流社
岐阜を歩く
増田 幸弘
彩流社
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中日新聞の広告紙に連載された記事をまとめた本という。岐阜県のさまざまな地域、業種、人々を訪ね、現状を切り取る。しかしめざすところは地域おこしルポでもなく、また旅行ガイドでもない。むしろありふれた場所という「普遍性」を訪ねることで、現象総体を描きだす日本社会そのもののルポに思う。

著者はフリーのライターながらも、ここ10年チェコのプラハに在住し、外側から日本を観察し、著作を重ねてきたという。一般的にルポはエッヂの効いた、突出した事例を取り上げ、つなげることで論を組み立てていく。しかし著者はその逆だ。単にありふれた、平坦に見えるのは日本在住者が固定観念を共有しているがゆえ。異邦人の目から見るとそこかしこに微かな凹凸がある。著者はこれを丹念に追いかけていく。

本書の面白さのひとつに、平凡さのなかに驚きが隠されていることだ。たとえば、ゴキブリ駆除用だんごのメーカーがある。「レシピ」じたいは公開されているが、面倒なのと(おそらくはニッチなため)お株は奪われない。

戦死者の葬儀の供え物製造のため技術者が故郷の郡上八幡に持ち込んだスキルは伝播し、料理サンプルの名産地となった。「土地に歴史あり」と言えようか。

本書は凸ではなく凹の事例も紹介する。それは馬籠(中津川市)と世界遺産の白川郷だ。整備のされすぎでテーマパークのような人工感は、人の温もりを奪ってしまった。これは日本各地の観光地に遍在する問題だ。対照的な成功例に、利益追求はほどほどに生活感がほどよく混ざった土地として高山と郡上八幡があげられる。生活空間に訪問者の興趣がそそられるというのは観光地のあり方だけでなく、旅行の楽しみ方、あり方に対する貴重な示唆に思う。

アメリカの哲学者エマソンは「ありふれた平凡なものを師とする」と語った。彼は万人それぞれ固有の才があると考えた。本書は合わせ鏡のように海外の例を紹介し、経済的収益や観光における娯楽を追い求めすぎないあり方をアンチテーゼで提示する。それは万人各様の個性の尊重だけでなく、社会が利益や効率の追求という強迫観念から自由であることでもある。

著者の執筆動機はバブル崩壊以後の「失われた二〇年」の日本の変貌への忌避から来る。マクロで見ると日本社会は惨憺たる有様だが、ミクロの視点ではまだ希望が各所に残っていることも本書は教えてくれる。
この記事の中でご紹介した本
岐阜を歩く/彩流社
岐阜を歩く
著 者:増田 幸弘
出版社:彩流社
以下のオンライン書店でご購入できます
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