アヘンと香港 1845-1943 書評|古泉 達矢(東京大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月12日 / 新聞掲載日:2016年5月27日(第3141号)

アヘンと香港 1845-1943 書評
自由貿易体制成立の背景 
香港と中国の今後を考える上でも参考に

アヘンと香港 1845-1943
著 者:古泉 達矢
出版社:東京大学出版会
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香港がかつてイギリスの植民地であったこと、そしてそのきっかけがアヘンをめぐるイギリスと清朝の対立(アヘン戦争)であったことは広く知られている。一九世紀中葉以後、香港はイギリス統治下の自由貿易港として、北米・オセアニア・アジア各地を結ぶヒト・モノ・カネのネットワークの結節点となり発展していくのである。

しかしこうした結節点としての香港が、どのような背景の下に発展していったのか、さらにそれが当時の香港をめぐる国際的な動向から如何なる影響を受けていたのか、ということは必ずしも明確にされてこなかった。

この点をアヘン問題から切り込んだのが本書である。著者は、香港の自由貿易体制は、イギリスのアヘン政策があったからこそ成立し得たものと結論づける。その内容は次の二点に纏められよう。

一点目は、アヘンはイギリスが香港を植民地とするきっかけとなっただけでなく、その後もアヘン煙膏〔煙膏=アヘンを吸煙できる状態に加工したもの〕の販売という形で、財政面で香港政庁を支え続ける重要な物資であり続けたという点である。

二点目は、にもかかわらず、二十世紀に入り国際的にアヘン吸煙を道徳的な退廃と見なす考え方や、アヘン中毒者に対する社会的な批判が高まるにつれ、香港政庁のアヘン政策が変更を余儀なくされた、という点である。本書が一九四三年で下限を区切るのも、同年が香港政庁によりアヘン煙膏の小売販売制度の廃止が決定された年だったからに他ならない。

当初香港政庁がアヘン煙膏販売で採用したのは、事情に精通した現地華人に煙膏の販売を請け負わせる、徴税請負制度と呼ばれるものであった。香港政庁は、現地華人社会の特性に適した方法を採用することで、統治コストの削減を試み、またここでの収益を、自由貿易港であるが故に関税収入を持たなかった香港政庁の重要な財源としたのである。この点でアヘンはイギリスの自由貿易政策を体現する存在であった。

二十世紀に入ると、香港政庁はアヘン専売制度を導入し、さらなる税収増加を狙った。しかし、アヘン・麻薬類の使用が国際的に対処すべき課題として認識されるようになると、香港政庁のアヘン政策は、国際的に批判を受けるようになった。またこれによりイギリス本国も、香港のアヘン政策に介入した。著者はこれを「地域ごとの」問題が、「帝国大の」問題へ変質したとするが、興味深い指摘である。

この他、香港から北米に輸出されたアヘンが白人の間にも広がっていったことや、北米では、白人のアヘン常用癖の原因は医療目的の接種にあると考えられていたのに対し、華人のアヘン吸引はこうした目的を欠いた文化的に異質な習慣であるとみなされていた、という点も面白く読んだ。

著者によれば、香港経済発展の要諦は、同地を自由貿易港として維持し、域内外を通じたヒト・モノ・カネの移動に可能な限り抑制を加えないことにあった。そのため、自由なアヘンの動きを規制することは、そのまま香港経済の打撃になる可能性があったのである。

本書が取り上げたのは前世紀の事例である。ただそこで描き出された香港の特性(=ヒト・モノ・カネの自由な移動の結節点)を如何に維持していくのか、言葉を代えれば香港の価値を如何に保つのか、という問題は、極めて今日的な課題であり続けている。

かつて香港の動向に大きな影響を与えたのは、宗主国イギリスであり反アヘンの国際的な輿論であった。二十一世紀の現在、これに相当するのが超大国中国であることは、もはや誰も否定できまい。現在では先述のヒト・モノ・カネに情報が加わるのかもしれないが、基本的な枠組みは変わっていない。

香港と中国の今後を考える上でも、本書が取り上げた問題は、今もって課題たり続けているのである。
この記事の中でご紹介した本
アヘンと香港 1845-1943/東京大学出版会
アヘンと香港 1845-1943
著 者:古泉 達矢
出版社:東京大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
「アヘンと香港 1845-1943」出版社のホームページはこちら
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