満洲電信電話株式会社 書評|白戸 健一郎(創元社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月13日 / 新聞掲載日:2016年5月27日(第3141号)

満洲電信電話株式会社 書評
植民地メディア史研究の大きな成果 
資料を丹念に収集し手堅く分析をする手法は見事

満洲電信電話株式会社
著 者:白戸 健一郎
出版社:創元社
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近年、メディア史研究の分野では、電気通信に関する研究が盛んになっている。例えば、有山輝雄は『情報覇権と帝国日本Ⅰ 海底ケーブルと通信社の誕生』、『情報覇権と帝国日本Ⅱ 通信技術の拡大と宣伝戦』(いずれも吉川弘文館、二〇一三年)という大著で、日清・日露戦争~第二次世界大戦期の東アジアにおける海底電線の敷設と、それにともなう国際通信社の覇権争いを詳細に明らかにした。また、貴志俊彦は『日中間海底ケーブルの戦後史 国交正常化と通信の再生』(吉川弘文館、二〇一五年)を著したが、これは日中国交回復後の一九七六年、日中間に海底ケーブルが開通した事情を扱っている。これらは、いずれも海底ケーブルという国家間の情報インフラの整備が、その後の情報の流れや内容にも大きな変容をもたらしたことを明らかにしている。まさに、その後のインターネット時代の到来を見据えてのハードとソフトの両面の関係性を明らかにした研究成果である。

本書『満洲電信電話株式会社 そのメディア史的研究』も、こうした研究枠組みから「満洲国」のメディア事情を明らかにしようとした研究である。周知のように、日本国内では、放送事業は、三つの社団法人を統合して一九二六年に成立した社団法人日本放送協会が行ったのに対し、電信電話事業は逓信省が所管した。これを範として「外地」の朝鮮や台湾においても、ラジオ放送は現地に設立された放送協会が行い、通信事業は官営であったのであるが、その例外が本書の対象である満洲電信電話株式会社(満洲電電)である。すなわち、満洲電電は、社名になっている電信電話業務ばかりでなくラジオ放送も実施したのであり、通信と放送を一体的に行う事業体であった。本書の論点の一つは、なぜそうした特異な組織体系を選択せざるを得なかったかということである。著者は、資料に基づいて、独立国家としての体面を保ちつつ、収益性の高い電信電話事業と、思想戦上の意義の高い放送事業を組み合わせることが、当時の選択の理由だと明らかにしている。実際、諸民族の存在する「満洲」における放送事業は、複数言語による放送の実施が不可欠で、技術的にも経営的にもさまざまな障害があった。そのため、内地では実施されなかった広告放送も行われている。電信電話事業と兼営することで、より迅速かつ広範に放送事業の普及を図ることが可能となったのである。

ただ、本書では電信電話事業についてはインフラの整備という観点からの指摘にとどまり、その文化的・政治的な側面からの考察は弱い。冒頭で述べたような、情報インフラの整備が情報の流れや内容にもたらした変化にはあまり触れていない。また、満洲電電が電信電話事業と放送事業を兼営したことについても、経営面からの利点から論じられているが、そのことの帰結についてはほとんど言及されていない。著者は、本書の序章で、視角として「総力戦」体制に言及しているのであるが、放送のみならず、通信部門の「総力戦」のなかでの役割にもっと分析の目が向ければ、従来のメディア史研究の枠組みを乗り越えていけるのではないかと期待される。

とは言え、これまで公刊されていない資料を丹念に収集しつつ、手堅く分析をしていく著者の手法は見事である。植民地メディア史研究の大きな成果と言えよう。
この記事の中でご紹介した本
満洲電信電話株式会社/創元社
満洲電信電話株式会社
著 者:白戸 健一郎
出版社:創元社
以下のオンライン書店でご購入できます
「満洲電信電話株式会社」出版社のホームページはこちら
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