加部洋祐『亞天使』(2015) トイレットペーパーぢやなく星条旗もて尻を拭く白骨死体|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
更新日:2018年8月14日 / 新聞掲載日:2018年8月10日(第3251号)

トイレットペーパーぢやなく星条旗もて尻を拭く白骨死体
加部洋祐『亞天使』(2015)

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トイレットペーパーではなく星条旗で尻を拭く。何やら不穏でどぎつい風刺が込められていそうだ。アメリカの過激なパンク・バンドがステージ上でやってもおかしくなさそうな行為であるが、ここでそれをやっているのはなんと白骨死体。パンクかと思いきやデスメタル? なんともダークなイメージに満ちた短歌である。

この歌が入っている歌集は、露悪的で過激な表現があふれている。殺す歌、暴力の歌、憎悪の歌。「星条旗で尻を拭く」というのも、そんな露悪的行為の一環として選び取られている表現だ。露悪は単なる趣味の悪い行為として受け取られてしまうことが多いが、豊富なボキャブラリーを駆使して美しい露悪を見せる短歌が、現代にはたくさんある。この加部洋祐の作品などはその典型例といえるだろうか。「肛門」が詠まれる歌が異様なまでに多いのだが、解説の江田浩司は、大江健三郎の小説『同時代ゲーム』がその背景にあるのではないだろうかと指摘している。

作者の実体験なのかどうかはわからないが、「右眼」という連作では歌集の主人公である「ぼく」が六歳のときに右眼の角膜手術を受けたという体験が綴られている。それは何らかの理由で死んだ者から移植された角膜だ。「他者の死」を常に体内に宿して生きている、という実感が「ぼく」の言語感覚に大きな影響を与えている。「白骨死体」もまた、その「死」を誰かの中に埋め込まれたままどこかで尻を拭いているのかもしれない。(やまだ・わたる=歌人)
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