ボーヴォワール 書評|ジュリア・クリステヴァ(法政大学出版局)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月11日 / 新聞掲載日:2018年8月10日(第3251号)

個々の女性の可能性を求めて 
「過小評価されてきた」先駆者を再評価する

ボーヴォワール
著 者:ジュリア・クリステヴァ
出版社:法政大学出版局
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本書は、二〇〇三―一五年に発表されたシモーヌ・ド・ボーヴォワール(一九〇八―一九八六年)に関する九つのテクストを収めている。

一九七〇年代に始まったフランスの第二波フェミニズムには、大きく分けて差異主義と普遍主義の二つの系譜があり、前者が男女の性的差異を肯定し、「女性性」によって女性の解放を目指すのに対して、後者は性的差異が社会的構築物であり、この差異こそが男女の序列を生んだと考えて、「人間」としての普遍性や平等を重視する。前者に近いクリステヴァは、後者に属するボーヴォワールに対して批判的で、とりわけ母性についての見解では否定的でさえある、というのが従来の見方であった。しかし近年は、ボーヴォワール生誕百周年国際シンポジウムを主宰し、「女性の自由のためのボーヴォワール賞」を創設して、ボーヴォワールが女性の闘いに与えた影響への恩義を表明している。

本書でのクリステヴァは、まず、「ボーヴォワールの生涯と作品はある重大な人類学的=人間学的革命を結晶化したものである」と位置づけ、ボーヴォワールが『第二の性』で「女のドラマとは、つねに自分を本質的なものとして主張しようとする主体の基本的な要求と、女を非本質的なものにしようとする状況の要請との間で繰り広げられる葛藤なのだ」と明記し、この内面の葛藤(個人的なもの)を政治的なものにしたことによって、何千年も続いた家父長制や男性支配からの女性の解放を促進し、さらには従来の男女間の感情的実存的な関係を覆し、家族という社会契約の核心を変容させたと評価する。

しかし、クリステヴァによれば、ボーヴォワールの思想の重要性はさらにその先にある。それは「こうした女の条件のもとで、どうすれば女は一人の人間として自己実現できるのか」という問題に関わっている。時代の制約はあったとはいえ、ボーヴォワールが最終的に目指しているのは「個々の女性」の可能性と自由の実現なのだ。二十一世紀の極端な自由主義による危機や紛争の危険性のなかで、女性たちが自由を放棄して社会への順応を選んでしまう傾向、あるいはまた、女性としてのアイデンティティを獲得するためにイスラム原理主義へと過激化する一見「個人的な」選択にしても、結局は何らかの共同体に属するという選択にすぎず、ボーヴォワールが書くという行為を通して伝えた「自己超越の試練のうちにこそある自由」をあきらめることである。自分を分析し、壊し、再構築し続ける内的経験なしには、女性の解放は不可能であるとクリステヴァは警告する。

ボーヴォワールのこの壮絶な自由への欲求、自己を超越しようとする無限の欲求を支えたのは何か。それは、二人の自律した個人間の対話を核とする思考の空間としてのカップルである。本来の意味での思考というのは対話でしかありえない。国家権力と生殖の基盤としてのカップルではなく、他者の完全さを傷つけないように配慮し、究極の礼儀をもって議論する場としてのカップル。クリステヴァがそこに見るのはジェネロジテ[寛容]であり、それこそは人間どうしのつながりを燃やし破壊する全体主義あるいはテロリズムへの抵抗の手段になりうるものである。

全体の印象としてはボーヴォワールに好意的で、「不要に批判され、過小評価されてきた」この作家を(いま一度)読むように誘っている。普遍か差異かについては、ボーヴォワールを差異の側に引き寄せて批判を和らげている(「何度でも言うが、ボーヴォワールにおいて普遍的なものは特異的なものと結びついている」123頁)。一方、巻末の「著者紹介」によると、クリステヴァは九〇年以降、実存主義への回帰ともとれる身振りを見せているとのこと。本書はこうしたクリステヴァの新境地を反映しているといえよう。

訳文は読みやすく、側注として付された訳注も丁寧で、訳者による「解題」と合わせて、テクストの理解を助け深めるのに役立っている。(栗脇永翔・中村彩訳)
この記事の中でご紹介した本
ボーヴォワール/法政大学出版局
ボーヴォワール
著 者:ジュリア・クリステヴァ
出版社:法政大学出版局
以下のオンライン書店でご購入できます
「ボーヴォワール」出版社のホームページはこちら
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