塚本邦雄の宇宙 Ⅰ 書評|菱川 善夫(短歌研究社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月11日 / 新聞掲載日:2018年8月10日(第3251号)

評釈という剣 
自らの批評家生命を賭けた講義録

塚本邦雄の宇宙 Ⅰ
著 者:菱川 善夫
出版社:短歌研究社
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塚本邦雄と菱川善夫が存在しなければ、文学としての現代短歌は出現しなかった。菱川善夫は、塚本邦雄の歌人としての精力的な活動を、文学理論的に裏付け、二人は文学としての短歌創造のための両輪として駆動してきた。塚本邦雄亡き後も、菱川善夫は塚本短歌を解釈し、それを時代の中に息づかせる仕事を続けた。

この本は二〇〇五年に刊行された「現代詩手帖特集版・塚本邦雄の宇宙」に、菱川善夫が発表した塚本邦雄の「代表歌五百首」を、解釈、解説した講座の筆記したもの。

その講座は朝日カルチャーセンターで、二〇〇六年四月十二日から二〇〇七年十一月二十八日まで、断続的に四期にわたって開催された。本来、二〇〇八年三月二十六日まで継続するはずだったが、菱川善夫が二〇〇七年十二月十五日に逝去したため、あと七十七首は語られないままとなってしまった。日付を見ればわかる通り、最後の講義は死のわずか十七日前である。塚本邦雄の短歌を語り、その宇宙の果てしなさを解明することが、まさに、命がけの仕事であったわけだ。

第一巻には第一歌集『水葬物語』から第六歌集『感幻楽』までの二百十二首、第二巻には『感幻楽』の途中から第十七歌集『黄金律』の半ばまでの二百十一首が取り上げられている。

本書の特徴はその語り口。講義録なので、喋り言葉であり、それゆえに思考と想像力のはばたきのまま、自在に言葉がほとばしっている。それが一種の熱いリズム感を生み出している。

私がもっとも本書の価値の高さを認めるのは、おもに第二巻に収められた第七歌集『星餐図』以降の作品の精緻な評釈。実際、塚本邦雄の作品の論じられ方は、ほとんどが、第一から第六歌集の作品についてであり、中期、後期の歌集が本格的に論じられたことはほぼなかった。第六歌集『感幻楽』の文学的結晶度の高さは、もちろん群を抜いているが、この歌集が刊行されたのは、一九六九年、二十四冊目で最後の歌集となった『約翰傳偽書』の刊行が二〇〇一年。三十二年間の文学的業績を無視しての作家論などありえない。それを菱川善夫は自らの批評家生命を賭けて、正しい評価を世間に知らしめようと試みていたにちがいないのである。

講義であるゆえに、一首一首に対する評言も自在に伸縮している。興味のままに長く論じている作もあり、一方、寸鉄の評語で一首の本質をとらえてみせるものもある。それがまた、菱川の心理を反映していて、興味深く読める。

・愛人の六腑薔薇色われ捨てて氷島にを食みつつあれば



たとえば第十一歌集『天變の書』収載のこの一首に関しては「氷島」なるキーワードから、同名の萩原朔太郎の詩集に論が及び、この『氷島』の世界は「短歌的原形質とよく似て」、おそらく朔太郎自身も「短歌の持っている叙情性を逆手にとった」、「文語定型詩の持っている歌の奥の深い魅力的なものを彼も自覚せざるを得なかった」と論じ、塚本の歌は「塚本の反『氷島』論」であり、「朔太郎に対する一種の否定的オマージュ」と指摘している。

・さくらなどこの世のほかの何ならむわれは心中に歌を弑せり



この第十六歌集『波瀾』の一首には、塚本の徹底した桜嫌いを言い「桜の美意識を根本から否定している」と説いている。

何より残念なのは、五百首の評釈が完成せず、第十七歌集『黄金律』の

・國體につひに考へ及びたる時凍蝶ががばと起てり


で終わっていること。とりわけ、後期の塚本邦雄のピークといえる第十八歌集『魔王』の作品群には触れて欲しかった。戦争への憎悪をバッドテイストというしかない強烈な歌群、

・たたみいわし無慮数千の焼死體戦死といささかの差はあれど


・漢和辞典に「荒墟」ありつつ「皇居」無し吾亦紅煤色になびける



これらをどれほど苛烈な言葉で評釈するはずだったのか、もはやしることができないことが痛恨である。
この記事の中でご紹介した本
塚本邦雄の宇宙 Ⅰ/短歌研究社
塚本邦雄の宇宙 Ⅰ
著 者:菱川 善夫
出版社:短歌研究社
以下のオンライン書店でご購入できます
塚本邦雄の宇宙II /短歌研究社
塚本邦雄の宇宙II
著 者:菱川 善夫
出版社:短歌研究社
以下のオンライン書店でご購入できます
「塚本邦雄の宇宙II 」出版社のホームページはこちら
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