フォトジャーナリストの視点 書評|林 典子()|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月11日 / 新聞掲載日:2018年8月10日(第3251号)

まっすぐでブレない姿勢 
著者の生き方に希望すら感じる

フォトジャーナリストの視点
著 者:林 典子
編 集:雷鳥社
出版社:
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著者の林典子さんのことは『ヤズディの祈り』という写真集ではじめて知った。イラク北西部にいる少数民族が突然襲撃される事件があり、その生き残りの人々を訪ね歩いた写真とインタビューで構成したものだった。体験と思考が結晶化したすばらしい内容だったが、それを「フォトジャーナリズム」でくくる発想は自分にはなかったから、同じ著者が本書を書いているのに正直、驚かされた。それほど私は既存の「フォトジャーナリズム」に懐疑的だったのかもしれない。

そんなこともあって本書の内容に興味をそそられたのだが、結論からいうと大きな刺激を受けた。「フォトジャーナリスト」が置かれている現状がよくわかった同時に、この仕事に意味を見いだしている著者の、まっすぐでブレのない姿勢に、こういう生き方も可能なのだと希望すら感じとったのである。

東京の生活から想像もできないような境遇を生きている人が、世界のどこかにいるという驚き。著者の関心の原点はそこだ。社会問題や時事問題への意識も強いが、写真の力で世間の目をそこに集めて状況を変えるというような意図は希薄である。それよりも相手を知り理解し、その内容を自分の頭で考えるために写真を使う。期が熟せばそれを他者に伝えたいという気持ちは自然にわいてくると考える。

速報性を重んじてニュース報道にかかわる写真記者はたくさんいる。またスマホの普及により目の前の出来事をとらえることはだれにも可能だし、ネットでそれを配信することもできる。「カメラを持って緊迫の現場に立って」いればそれだけで「フォトジャーナリスト」になりえた時代が終わったいま、写真家に問われるのは、「その問題にどう向き合い何を伝えたいのか」、つまりは取材対象と自分との関係である。社会正義という拠り所を失い、「フォトジャーナリスト」が芸術表現と同じ立ち位置に立たされた、という言い方もできるかもしれない。自らに問うことなくして、いかなる表現も成立しない時代なのだ。

『キルギスの誘拐結婚』という、誘拐結婚の慣習を取材した著書のなかで彼女はその慣習を否定も肯定もしなかった。欧米の価値観からすればおぞましい行為だが、それによる幸と不幸の両方を見てきた彼女には安易にそれを断ずることはできないのだ。価値判断よりもそれぞれの「声」を聞き、どんなに過酷なものであろうとそれがその人の人生をつくりあげてきたことに目を向ける。体験をどうくぐり抜けたかに人間の尊厳がでるのだから。本書には写真も入っているが、むごい体験を浄化する力が写真に備わっていることを信じ祈って撮られているように感じた。

海外のフォトエージェンシーに所属し、フリーランスで活動する彼女の発表の場の大方は欧米の雑誌である。日本にこのような立場で活動する女性フォトジャーナリストはほとんどいなく、非常に貴重な存在。仕事術や取材現場の実際、出版社へのアプローチなど、経験に基づいたアドバイスも多く書かれている。

日本の若い世代は海外に出たがらず、世界への好奇心も少なく、狭い範囲で充足する傾向が強いとよく言われるが、知りたいことのために行動し、それを伝えるために知恵を絞るという、人間としてまっとうな衝動を実践したい人がどこかにいるはずだ。悶々としているそのような人たちにこそ、本書が届いて欲しい。
この記事の中でご紹介した本
フォトジャーナリストの視点/
フォトジャーナリストの視点
著 者:林 典子
編 集:雷鳥社
出版社:
以下のオンライン書店でご購入できます
「フォトジャーナリストの視点」出版社のホームページはこちら
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