もうひとつの占領―セックスというコンタクト・ゾーンから 書評|茶園 敏美(インパクト出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月11日 / 新聞掲載日:2018年8月10日(第3251号)

長い間世間から「黙殺」されてきた「女性たちの語り」にこだわる

もうひとつの占領―セックスというコンタクト・ゾーンから
著 者:茶園 敏美
出版社:インパクト出版会
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著者には、本書に先行し、『パンパンとは誰なのか―キャッチという占領期の性暴力とGIとの親密性』(2014年)の著がある。戦勝国アメリカ兵と敗戦国女性という権力関係の圧倒的な非対称性の中で彼女たちが経験した性暴力は、パンパン狩りと言われたキャッチ(警察による検挙と強制的性病検診)政策の酷さに象徴される。このキャッチの被害者である彼女たちを沈黙の中に押し込めてきた戦後日本社会の、パンパンを蔑視嫌悪する「パンパン像」。それは現在の日本社会の性暴力の現実と決して無関係でない。茶園のパンパン研究に寄せる関心の所在はまさにここにある。

この時期の遺された資料の圧倒的な乏しさの中で唯一たどりついた京都社会福祉研究所の報告書『街娼―実態とその手記』を読み解き、西川裕子の「古都の占領」研究を拠りどころに占領期の神戸・京都をフィールドワークし、つてを辿りパンパンと言われた女性たちと出会い、そのつながりの中で彼女たちの沈黙を破る声・経験を聴く。それは茶園自身が見知らぬ人から「あいのこ」と呼ばれた痛みの経験を重ねた、「彼女たち」を決して他者化するのではない、自らの研究者としての立ち位置を意識した課題への向き合であった。

キャッチの直接的暴力や人々の蔑視や憐憫さらに恐怖を投影した「パンパン」表象の暴力にも関わらず、しかし彼女たちGIと交際していたコンタクト・ゾーンにおける両者の交渉関係には、性暴力の被害者女性像ということにとどまらない生存の選択・生きざまが浮かびあがってきている。権力の非対称的関係の中ながら、自らのエージェンシーを発揮し状況をコントロールする存在として登場する女性たち。その一人ひとりの生存戦略の多様な姿を明らかにした茶園の一連の研究には、「日本人の忘れたい占領の裏面史を開拓した著」(上野千鶴子)「占領期の複雑な性現象についての研究を大きく前進させた重厚な研究」(佐藤文香)という大方の評価が寄せられている。

本書では、前著の刊行後新たに得られたという、実際に占領兵と性的関係にあった女性たちを知る人物からの半年余にわたる丁寧な聞き取りの口承記録音源資料が新資料として取り入れられ、さらに前著で扱った資料『街娼』についても、川喜田KJ法をアレンジして開発したとされる「うえの式質的分析法」による徹底した帰納法分析を用いた「再分析」が行われている。これによって、戦時下における性暴力の連続性が、レイプ/売買春/恋愛/出産/妊娠/結婚までのつながりの中にあること、占領兵と親密な関係になった日本女性の個別具体的な多様な生存戦略、GIとの「コンタクト・ゾーン」でのおんなたち一人ひとりの生存戦略がより具体的に可視化され、それをマトリックス化する研究にまで発展されている。

あえて占領兵による語りや記憶は扱わず、あくまでもパンパンとひとくくりにされ長い間世間から「黙殺」されてきた「女性たちの語り」にこだわる。茶園の本書におけるこの研究スタンスは、まさに「慰安婦」の名乗りから始まった戦時下性暴力の認識のパラダイム転換から、被害者の語りや記憶に基づく歴史の再構築の動きに連なるものである。さらに言えば、欧米におけるメアリー・ルイーズ・ロバーツ『兵士とセックス―第二次世界大戦下のフランスで米兵は何をしたのか?』(明石書店2015)、レギーナ・ミュールホイザー『戦場の性―独ソ戦下のドイツ兵と女性たち』(岩波書店2015)の二著の成果も踏まえた、ヨーロッパと日本の占領における性関係の連続性と非連続性という比較史研究の問題意識も取り込んだものとなっている。

それゆえにであろうが、本書と相前後して刊行された『戦争と性暴力の比較史へ向けて』(上野千鶴子・蘭信三・平井和子編、岩波書店2018)は、茶園の論稿「セックスというコンタクト・ゾーン―日本占領の経験から」を収録している。こうして今ようやく日本の歴史研究の場面に、戦争や性暴力の語られなかった歴史を語る場の構築に向けた研究動向が新たに立ち上がりつつある。本書はその動向を窺い知る貴重な一書である。

だが、性暴力の語りは誰がいかに語りうるのか? この「記憶と証言をめぐる問題系」、上記比較史研究におけるオーラル・ヒストリーやライフストーリー研究の倫理にも関わる問題として、ひとことつぶやきたい。戦前の軍港都市、戦後は米軍基地の街「横須賀」で二十歳まで過ごした評者は貧困ゆえの「長女の犠牲」の話もパンパン問題も無縁でなかった。そこで目にしたキャッチの光景、大人たちが声をひそめ交わす会話から、子どもながらなにか女であることの自身の深いところでの「痛み」を彼女たちに重ね、目にしたことを記憶の底に封印してきた。それは茶園が「あいのこ」と呼ばれた痛みとは違う何かである。「彼女たち」を他者化しないまなざしには、この語れない/語られないトラウマ化された記憶の蓋をあえて開けない自制も問われるのではないかと。
この記事の中でご紹介した本
もうひとつの占領―セックスというコンタクト・ゾーンから/インパクト出版会
もうひとつの占領―セックスというコンタクト・ゾーンから
著 者:茶園 敏美
出版社:インパクト出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
「もうひとつの占領―セックスというコンタクト・ゾーンから」出版社のホームページはこちら
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