ベラスケス 宮廷のなかの革命者 書評|大高 保二郎(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月11日 / 新聞掲載日:2018年8月10日(第3251号)

読者の好奇心を惹起する 
美術史的見地に基づいた堂々たる評伝

ベラスケス 宮廷のなかの革命者
著 者:大高 保二郎
出版社:岩波書店
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「没落の影忍びよる黄金時代のスペイン……画家としても廷臣としても王に重用された人生には、しかし、生涯隠し続けた秘密があった」とは、本書の帯に記されたコピー。ドラマティックな小説のような展開を想起させるが、実際は美術史的見地に基づいた堂々たる評伝だ。

著者はスペイン美術史学者。ベラスケス、ゴヤ、ピカソと同国を代表する大画家たちを対象に幅広く研究成果を積み上げてきた碩学の長老だ。永く教鞭を執った早稲田大学在職中に行われたインタビューにおいて「ベラスケスについて新書のような手に取って読み易いかたちでしっかりとまとめたい。これは若い頃に出会った作家の堀田善衛先生からの宿題です……『いくら学者とはいっても、論文というものはまず読んで面白いものを書かなければ意味がない』と言われた」(WASEDA ONLINE)と語っている。本書はこれを示しているのであろう。

美術史学者が執筆した画家の評伝は、時に微細な課題への拘泥に陥りがちで、それらは学術的な発見を確認する喜びがあったとしても、必ずしも「読んで面白い」ものとはなり難いし、芸術家と作品の本質の提示は不得要領になりがちだ。一方で小説家が著した伝記は、読み物としての娯しみはあるが、フィクションが入り混じることによって学究的な正確性に欠け、美学的見地が疎かになりがちだ。美術史学の基礎的方法論の遵守と書物としての「面白さ」を両立させるのは、実際のところ至難の業だ。

本書はと言えば、読者の好奇心を惹起する要素が散りばめられながらも、正当な美術史的手法を逸脱することのない、均衡の取れた書物となっている。それはたとえば、画家が改宗ユダヤ人の家系であるという「生涯隠し続けた秘密」といった挿話がある一方で、作家研究の常套手段である一次資料、すなわちパチェーコとバロミーノの美術理論書という基礎文献の読解を起点とし、地誌学的な側面や時代背景に加えて、政治、社会、さらには個人的な環境の何れにも目を配りながら、画家の実像が明らかにされている。一方で作品については、折々の重要作に触れて、先ずは簡潔にして要を得た作品描写を行って題材を正確に確認し、それらを図像学・図像解釈学的に読み解いて、さらに構図や色彩・描法を含む様式分析を行うことによって、作品の特異性を明示して美学的価値判断がなされている。

17世紀、盛期バロックを代表する巨匠たち、プッサン、ベラスケスといった画家たちが時に交わりながら絵画の黄金時代を紡ぐ様の描写は実に魅力的だ。その中心となるのはベラスケスが訪ねた1630年前後のローマ。ウルバヌス8世が教皇として君臨し、カトリック信仰とその栄光を全世界に向けて発信し始めた頃のことだ。ローマが国際都市として外国人に門戸を広く開く時代にあって、それをささえたバルベリーニ枢機卿や自由思想家ダル・ポッツォーらが、当地にフランスとスペインの新進気鋭の画家を厚遇して各々絵画様式の完成に寄与したことはあまり知られていない。かたやフランス国王の首席画家プッサンが、自由さに欠けるパリを離れてローマに定住し、「画家=哲学者」としてフランス古典主義様式を完成。かたやベラスケスは国王首席画家としてのみならず宮廷吏として重用されていく中で「画家=官吏」として人生を全うし、即興性と自然らしさによる写実様式を完成させた。巨匠たちの交錯とその生き様の対比は、実に劇的なバロック芸術の時代を映し出している。

もう一つ、ベラスケスが宮廷吏の職務として、諸国の美術でスペイン宮廷を装飾する事業に携わる成り行きの説明は、国際的な文化交流という観点から現代の美術館の相互関係の原点を想起させた。画家がこれをディレクションする様子は、今日のキュレーターによる展覧会プロデュースの起源を示しているようで興味深い。
この記事の中でご紹介した本
ベラスケス 宮廷のなかの革命者/岩波書店
ベラスケス 宮廷のなかの革命者
著 者:大高 保二郎
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「ベラスケス 宮廷のなかの革命者」出版社のホームページはこちら
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