ポピュリズム デモクラシーの友と敵 書評|カス・ミュデ(白水社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2018年8月11日 / 新聞掲載日:2018年8月10日(第3251号)

カス・ミュデ/クリストバル・ロビラ・カルトワッセル著 『ポピュリズム デモクラシーの友と敵』
東京外国語大学大学 日比野 修平

ポピュリズム デモクラシーの友と敵
著 者:カス・ミュデ、クリストバル・ロビラ・カルトワッセル
出版社:白水社
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本書はポピュリズムに関する概説書である。近年、解説に書かれているように、ポピュリズム研究は盛んであり、一般書も刊行されている。しかしポピュリズムはあまりにも氾濫して使われている概念であり、とりわけ相手を非難するために使われる(7~9頁)。その中で本書はよりポピュリズムの本質を捉えようとする。「本書ではポピュリズムを、社会が究極的に・・・・・・・汚れなき人民・・・・・・腐敗したエリート・・・・・・・・という敵対する二つの同質的な陣営に分かれると考え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・政治とは人民の一般意志・・・・・・・・・・・(ヴォロンテ・ジェネラール)の表現であるべきだと論じる・・・・・・・・・・・・・中心の薄弱なイデオロギー・・・・・・・・・・・・と定義する」(14頁)。こうした理念的アプローチでは中心となる人民は「薄弱なイデオロギー」であり、それはいかなるものにも容易に置きかえうるのである。

以上の定義をした際に、一般に有害なものと考えられるポピュリズムはどのようにデモクラシーの友となりうるのだろうか。著者がポピュリズムの中核概念として、人民、エリート、一般意志を挙げるように、ポピュリストはエリートに聞いてもらえない人民の意見を一般意志としてみなすことで、いままでの潜在的な不安をくみ上げる役割をはたす。

だがそれを行う際に当然排除が起こる。人民を同質な民族とみなしたり、腐敗したエリートというレッテルを貼ったりすることによってである。それがポピュリストの権力強化につながるときや憲法を都合よく改正しようとするとき、ポピュリズムはデモクラシーの「敵」となる。

彼らの議論で一つ新しいところは「民主化の過程」という視座の中でポピュリズムを分析したことである。一方に権威主義、もう一方に自由民主主義を挙げ、そのなかでポピュリズムがどのような役割を果たしうるか検討する。自由民主主義であればあるほど、体制は安定しており、人民の意見が影響力をもち易く、ポピュリズムが求められる可能性は少ない。またポピュリズムの需要と供給という両面を考えることで、議論が非常にわかりやすいものになった。

だが、彼らの議論に疑問を提示するならば、自由民主主義の中でポピュリズムの可動域はどの程度だろうか。安定したデモクラシーのなかではポピュリズムが政権をとれる可能性は少ない。著者がその力を計るうえで考慮するのは政策能力である。ある程度の影響力を確保しつつも、主要政党の相対的立ち位置の修正のためにポピュリズムは必要なのだろうか。安定したデモクラシー下においてポピュリズムは最終的に消去可能なのだろうか。また前者の立場をとる場合では、著者の立場は例えば立憲主義とどの程度変わるのだろうか。

日本では議院内閣制を用いるため、大統領制をとるアメリカと較べれば、リーダーとして力を示す必要が少ない。したがって日本では国政のレベルでは、ポピュリズムの現象は比較的少なかったように思われる。しかし一方でそのようなピュリズムや独裁を経なかったことで日本は大きく民主化の過程を体感できなかった。そうしたなかで近年の改憲をめぐる議論等は人民の「一般意志」の発露が見られる一つのチャンスのように思われる。

(永井大輔・高山裕二訳)
この記事の中でご紹介した本
ポピュリズム デモクラシーの友と敵/白水社
ポピュリズム デモクラシーの友と敵
著 者:カス・ミュデ、クリストバル・ロビラ・カルトワッセル
出版社:白水社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ポピュリズム デモクラシーの友と敵」出版社のホームページはこちら
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