脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線 書評|ノーマン・ドイジ(紀伊國屋書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年10月21日 / 新聞掲載日:2016年10月21日(第3161号)

脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線 書評
脳神経の可塑性に着目 エピソードを取材形式で収録する

脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線
出版社:紀伊國屋書店
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現代の医学は、16万種以上にもおよぶ治療薬剤、ロボットアームをもつ最先端医療機器、遺伝子検査に代表される高度な検査技術などを備えて、まるでいかなる病気にも対処できるかのような印象をもたせるが、この現代の医学を以てしても治らない病気は実に多くある。癌に代表される悪性腫瘍、自己免疫疾患、パーキンソン病などの脳の変性疾患、アルツハイマー病をはじめとする認知症、いわゆる自律神経失調症などなど。これらの病に対して、現代医学はほとんど無力と言ってよい。

それゆえにこそ、こうした現代医学では対処できない病を対象とする医療が昔から、もちろん今現代においても存在している。それは現代医学に対して「伝統医学」「非標準医学」「自然療法」などといわれてきた。現代医学に対するこれらの「非現代医学」の特徴はといえば、なんといってもその非侵襲性にあるだろう。すなわち、薬の副作用や手術の合併症・後遺症などのリスクがほとんどないという点である。本書が取り上げている医療の多くも、これら伝統医学の枠内にあるものにほかならない。具体的には、運動療法、音楽療法、瞑想・ヨガ治療、低強度レーザー療法(伝統的な鍼灸療法にレーザー刺激を組み入れた方法を含む)、電気刺激療法、電磁波療法などである。

本書が強調するのは、これらの療法が、脳神経の可塑性を導き出すという点である。脳神経の可塑性という概念自体も決して新しいものではない。もっとも、神経は一度傷つくと二度と再生しないという古い固定観念に対して、脳神経には可塑性があり、外的な働きかけによってニューロンの新生があり得るという観念の共有は新しいことといえるかもしれない。しかし、本書が新しいとすれば、それは著者ドイジが、自然療法の効果をこの神経可塑性に結びつけ、このことを身近に体験したと思われる人々へのインタビューなどによって克明に記述している点であろう。もちろん、それを施術している側のインタビューや、動物実験での効果についても書き記している。

運動、聴覚、思考、電気、電磁波などの多彩な刺激は、いずれも脳の当該部位に働きかけ、その部位を励起して新たなニューロンの活動を起こさせるというのが、本書の趣旨であり、現代医学では治療効果のない神経病であっても「副作用なく」効果を現す、とする。その中でもとくに、本書の最後に記されているエピソードが評者にとっては興味深かった。それは、日常のいわば日課として集団で行われていたグレゴリオ聖歌の詠唱を禁じられた修道院で、修道僧が一斉に心身の不調をきたし、集団疲労状態に陥ってしまったというもので、著者はそこへ診療に呼ばれた医師の体験談を書いている。それによれば、医師が聖歌の詠唱を再開させたところ症状は収まり、僧侶たちは再び活力を取り戻した。医師はその理由を発声運動や音刺激などによって脳神経が刺激され、姿勢を正す筋緊張や脳内リズムが修正されたためとした。

本書は、著者の直接的な研究結果を述べたものではなく、このように間接的なエピソードをいわば取材形式で収録したものであるが、脳神経の可塑性に着目した点で多いに興味を掻き立てられるものとなっている。
この記事の中でご紹介した本
脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線/紀伊國屋書店
脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線
著 者:ノーマン・ドイジ
出版社:紀伊國屋書店
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小俣 和一郎(おまたわいちろう)精神科医・精神医学史家
精神科医・精神医学史家、1950年東京都生まれ。1974年岩手医科大学医学部卒業、同年国立医療センター(現・国立国際医療センター)内科研修医、1975年名古屋市立大学医学部大学院入学(臨床精神医学専攻)、1980年同修了(医学博士)。 1981~83年ドイツ連邦共和国給費留学生(ミュンヘン大学精神病院)。1986年医療法人財団・大富士病院(静岡県)副院長。1990年上野メンタル・クリニック(東京都)院長、2015年退職。2002~2006年東京保険医協会理事。 主要著書:『ナチスもう一つの大罪』(1995年、人文書院)、『精神医学とナチズム』(1997年、講談社)、『精神病院の起源』(1998年、太田出版)『精神病院の起源・近代篇』(2000年、太田出版)、『近代精神医学の成立』(2002年、人文書院)『ドイツ精神病理学の戦後史』(2002年、現代書館)、『検証 人体実験』(2003年、第三文明)、『精神医学の歴史』(2005年、第三文明)、『異常とは何か』(2010年、講談社)など。共著・分担執筆:『系統看護学講座・精神保健福祉』(医学書院)、『Psychiatrie im Kulturvergleich』(VWB-Verlag)、『臨床精神医学講座』(中山書店)、『精神医学文献事典』『現代精神医学事典』(弘文堂)など。 主要翻訳書:G・セレニー『人間の暗闇』(2005年、岩波書店)、W・グリージンガー『精神病の病理と治療』(共訳、2007年、東大出版会)、J・フォン・ラング『アイヒマン調書』(2009年、岩波書店)など。
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