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更新日:2018年8月21日 / 新聞掲載日:2018年8月17日(第3252号)

ジェラール・ジュネット追悼 ジュネットの慎み

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二〇一八年五月十一日、ジェラール・ジュネットが亡くなった。享年八十七才。パリの社会科学高等研究院の元教授でもある、この卓越した文学理論家・批評家の残した数多の業績の重要性については、ここで改めて強調するまでもないだろう。一九六六年に『フィギュールⅠ』で華々しくデビューした後、徐々にテーマ批評から文学一般の理論を扱う「詩学(ポエティック)」へと転回。なかでも一九七二年の『フィギュールⅢ』に収められた『物語のディスクール』(日本語訳では独立した書物として出版)は、今や「物語論(ナラトロジー)」の世界的な古典として広く参照されている。実際、物語のプロットに特化した従来の構造分析に代えて、物語を語る行為(ナラシオン)に着目したその精緻な分析は、ある時期、我々の文学についての思考を決定的に豊かにしたことは疑いがない。特にいわゆる視点の問題について、これを「焦点化」と言い換えることにより、パースペクティヴ(誰が見ているのか)の問題と語りの審級(誰が語っているのか)の問題とを切り離した功績ははかり知れないものがある。少なくとも一九七〇年代から八〇年代にかけての構造主義的風土において、ジュネットはまぎれもなく人文学のスターの一人であったのだ。

とはいえ、ここで正直に打ち明ければ、僕自身がジュネット・ファンであったことは一度もない。その意味でこのような追悼文を書くには不適格かもしれないが、あくまで一つの世代の証言として以下の文章を綴っていきたい。そこでまず個人的な経験を述べれば、論者がフランスで文学研究を志した九〇年代には、ジュネット流ナラトロジーはいささか時代遅れとみなされるようになっていたといえる。「文学の科学」という標語はもはや誰も本気にしていなかったし、そのペダンチックな造語癖にも少なからずげんなりさせられた。形式的物語分析のもたらした成果を否定するわけではないものの、たとえば(今から思うとかなり強引に)「美学的エステティックなもの」を「政治的ポリティックなもの」と結びつけるジャック・ランシエールのはったりの利いた批評に比べると、ジュネットの分析は良くも悪くも体系的で、閉じられているという印象を受けたものだ。ジュネットが一貫してこだわり続けた「文学性」(言語テクストを真に文学作品たらしめるもの)の概念にしても、文脈を異にする雑多な声の響く場所としてテクストを捉えたいと望んでいた若手研究者にとっては、むしろ抑圧的な純粋主義のあらわれと映ったことを覚えている。

もちろん、ジュネット自身がその後も変貌を重ねたことを知らないわけではない。今ここでざっとその軌跡をたどるならば、まずは詩的言語の問題に取り組んでから(『ミモロジック』)、テクストを他のテクストに関連づける「超テクスト性」の諸相を探求し(『パランプセスト』等)、次いで英米系の分析哲学の深い影響下に、フィクション論(『フィクションとディクション』)および芸術作品の存在論(『芸術の作品』)を展開した後、二〇〇六年以降は文学理論とは一定の距離を置き、自らの思考の断片をアルファベット順に書きとめた『バルダドラック』等のエッセー集を何冊か発表している。

これらのナラトロジー以降の諸著作におけるジュネットの博覧強記ぶり、さらにそれに基づく分類癖はよく知られている通りである。元々ソルボンヌ大学で碩学マリー=ジュンヌ・デュリー女史の助手を務めていたというキャリアを考えれば、これは何も驚くべきことではないだろう。一方で、あまり知られていないのは、後期の著作における相対主義への傾斜ではなかろうか。実際、この先鋭的な理論家が次第に相対主義者をもって任ずるようになった経緯については、正直、これをどう評価すべきか未だにはかりかねている。たとえば、その理論の核をなす文学性(あるいは芸術性)に関する問いが、『フィクションとディクション』では、本質主義的な問い(文学作品に固有の属性とは何か?)から条件主義的な問い(いつ文学なのか?)へとシフトしたのは、その一例であろう。ただ問題は、「文学とは何か」という乱暴な設問を端的に愚問としてしりぞけるこのような立場が、はたして現在、文学をめぐるラディカルな思考たりえるのかということだ。それこそランシエールが『無言の言葉』で揶揄したように、これはむしろ現代的なほどよい賢明さ、知的な趣味人の相対主義的良識とでも呼ぶべきものではないという保証はどこにもあるまい。

最後に、僕が個人的に偏愛するジュネットのテクストについて一言触れて終わりにしたい。『フィギュールⅠ』所収の「フローベールの沈黙」は、フローベール作品において物語が停止する瞬間に注目し、そうした「沈黙」の意義を分析した論考である。作中人物の熟視の姿勢としばしば重なり合うこれらの瞬間は、小説技法的には描写を形作ることになるのだが、重要なのは、ここで描かれる世界の様相が、ほとんど常に「焦点化」の枠を微妙にすり抜けるということだ。文学作品がその内部に必然的に抱え込む陥没点というべきか、あるいはフィクションがいまだ物語ならざるものと触れ合う瞬間というべきか? いずれにせよ、そこにあるのはナラトロジーの体系ではとうてい捉えられない過剰かつ繊細な細部であり、ジュネット自身が一度はその厄介な磁場に身をさらしたことは間違いない。しかしながら、このような言葉の生々しさからはそれとなく身を背けてみせるのも、批評ではなく詩学を標榜する理論家の慎みとでもいうべきものかもしれない。

謹んで氏のご冥福をお祈りいたします。

★ジェラール・ジュネット(一九三〇~二〇一八)=フランスの批評家、文学理論学者。高等教育教授資格(アグレガシヨン)を取得して教職に就いたのち、「テル・ケル」など諸雑誌に論文を発表。文学作品を客体的なテクストとして捉え、言語学、記号学、修辞学の理論と方法に基づいて、テクストの文学性を解明する新しいタイプの研究家として注目される存在となった。最初の評論集『文彩I』
(一九六六)以来、語りの構造、修辞的文彩の特性、テクストが生成される以前の原テクスト等々、さまざまな形態上の側面から、文学の一般理論の構築をめざす業績を重ねている。文学テクストの制作と受容のすべてに関わる〈学〉という意味において、〈詩学ポエティック〉という言葉を用いるとすれば、ジュネットは自ら称するとおり、詩学者と呼ばれるにふさわしい。主な著作に『アルシテクスト序説』(79)、『パランプセスト』(82)、『続・物語のディスクール』(83)がある。(菅野昭正筆・デジタル版集英社世界文学大事典より)。
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