石井光太×陣野俊史 悲劇を超えゆく人間のエネルギーを 『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)をめぐる対話|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月17日 / 新聞掲載日:2018年8月17日(第3252号)

石井光太×陣野俊史
悲劇を超えゆく人間のエネルギーを
『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)をめぐる対話

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八月六日広島原爆の日、九日長崎原爆の日、十五日終戦の日を今年も迎えた。日本の八月には、忘れられない三つの日付がある。

今夏、作家の石井光太氏が『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)を上梓した。「七十五年間は草木も生えない」と言われた広島を、原爆投下直後から駆けずり回り、国際平和文化都市“ヒロシマ"へ導いた人びとを取り上げる本書には、戦後七〇年を越えた今日まで、語られることのなかった、骨太な実話・秘話が詰め込まれている。

刊行を機に、『戦争へ、文学へ「その後」の戦争小説論』などの著書を持つ、長崎出身の文芸評論家・陣野俊史氏をお相手に、本書を巡ってお話いただいた。        (編集部)



第1回
■「原爆」を書きたい。

石井 光太氏
陣野 
 この本には、原爆投下の直後から、広島の街を復興させようと動いた人びとが取り上げられています。主要な登場人物は四人。原爆資料館の初代館長・長岡省吾、広島市長の浜井信三、高名な建築家の丹下健三、被爆者である高橋昭博。中でも長岡がメインだと思うのですが……。

少しだけ、一人ずつについて見ていくと、浜井は一九四七年に市長になり、二期務めて一度落選し、戻ってきてもう二期。平和記念都市建設法の制定から、平和記念公園、資料館、原爆病院の建設、平和大通りの開通、原爆スラムの解体と区画整理による新しい街づくり、原爆ドームの保存工事など、広島のために奔走した人物。
石井 
 広島に原爆が投下されたときは、市役所の職員でしたが、すぐに爆心地に入り、防災本部に駆け付けています。その後市民の食糧や衣料の調達に力を尽くし、助役になる。国際平和文化都市「ヒロシマ」は、彼の存在なくしてはなかったでしょうね。
陣野 
 最後は乞われて参院選に出馬するも、奇しくも平和記念公園で講演中に倒れ、帰らぬ人となった。

それから、建築家の丹下健三。彼は広島に原爆が投下されたとき、父の訃報を受けて郷里の今治に向かう列車の中にいた。郷里に着いてみると、昨日の空襲で母親も亡くなっていて、広島の原爆投下とほぼ同時に、両親を失うことになった。そのような因縁もあり、戦災復興院の委嘱で広島担当を買って出た。

しかし、無名時代の丹下が、二度も広島復興がらみで挫折しているとは驚きました。現地調査の末の復興都市計画が採用されなかったところから始まって、一九四八年の「広島平和記念カトリック聖堂コンペ」は、「一等 当選なし、二等 丹下健三 井上一典」の結果。丹下の作品はもっとも評価が高かったけれど、審議が紛糾し一等にならなかった。しかも再コンペが行われるでも、二位の作品の再設計でもなく、審査委員が一から設計することになったという。
石井 
 酷な話ですよね。建築業界内でもかなり大きな批判が起きました。しかし、丹下は悔しさを噛み締めるしかなかった。広島に尽くしてきたものがことごとく裏切られていくような思いだったでしょう……。
陣野 
 そして、広島平和記念公園と記念館のコンペで、丹下はようやく一等を勝ち取る。

しかし建設が始まってからも、費用の問題から、平和記念公園内に営利目的のホテルを併設した公会堂が建つことになってしまったり、世界的建築家のイサム・ノグチをプロジェクトに参加させるか否かで、メディアを巻き込む激論になったり、終始、波乱含み。これは本書の本筋ではないですが、一つの読みどころだと思います。

それから、建物疎開の作業中に、十四歳で被爆した高橋昭博。被弾後、手足から皮膚がだらんと垂れ下がり、手のひらがパンパンに腫れながら、命をとりとめた。一緒に逃げた友人は、体から蛆が湧き、一カ月苦しみぬいた末、青黒い液体を吐いて死んだ……と。この方はのちに七代目の資料館館長も務め、反核運動を推進した方ですね。

資料館にはご自身の爪も「異形のツメ」として展示されている。ナイフでも切ることができない爪は、伸びてくると亀裂が入って自然に落ちると。そんなふうに人間の体を変えてしまうとは、改めて原爆の恐ろしさを感じました。
石井 
 被爆で負った傷をコンプレックスに感じ、家族にも見せようとしなかった高橋が、あるときから自身の被爆の記憶を語り、傷を見せるようになったのは、原水爆廃止運動に政治的イデオロギーが入り込むようになってきたからだと言います。
陣野 
 そうした面々の中でも長岡省吾という人は、飛びぬけて面白い経歴の方で、この人を描きたいからこの本を書いたところがあったのではないか、と思うのですが。
石井 
 原爆というテーマは、あらゆる角度から書き尽されていて、新たな視点を得ることが難しかったのですが、長岡の存在は、背中を押す力になりました。

原爆を何らかのかたちで書きたい、という思いはずっと持っていました。きっかけは、学生時代に知り合いの女性が「私は被爆三世だから、子どもを産んではいけない」と言うのを聞いたことです。

ギョっとしたんです。『はだしのゲン』で読んだ「ピカドンの毒」、それが今なお自分の同年代の人に影響を及ぼしているということに驚いた。長崎や広島出身の方には今も身近な問題なのかもしれませんが、僕は教科書や漫画の歴史が、ふいに近くに現れたように思いました。以来、「原爆」や「広島」というテーマが、僕の中に形作られました。

とはいえ、僕は広島出身でもないし、どこから何をすればいいのか分からなかった。だから長岡省吾のことを数年前に知ったのが、本書を書いた直接のきっかけです。
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この記事の中でご紹介した本
原爆 広島を復興させた人びと/集英社
原爆 広島を復興させた人びと
著 者:石井 光太
出版社:集英社
以下のオンライン書店でご購入できます
「原爆 広島を復興させた人びと」出版社のホームページはこちら
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