風景画考 世界への交感と侵犯 <br>第Ⅰ部 世界を漂う肉眼<br>第Ⅱ部 風景の近代へ <br>第Ⅲ部 風景画の自立と世界の変容 書評|山梨 俊夫(ブリュッケ)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年10月21日 / 新聞掲載日:2016年10月21日(第3161号)

風景画考 世界への交感と侵犯 <br>第Ⅰ部 世界を漂う肉眼<br>第Ⅱ部 風景の近代へ <br>第Ⅲ部 風景画の自立と世界の変容 書評
世界の風景画史から開かれる新しい思想史の世界

風景画考 世界への交感と侵犯 
第Ⅰ部 世界を漂う肉眼
第Ⅱ部 風景の近代へ
第Ⅲ部 風景画の自立と世界の変容
出版社:ブリュッケ
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ふつう風景画というのは、人物が存在しないし、描かれたとしても点景で、あくまで画中の端役に留まって風景そのものを際立たせているものだ。しかし、『風景画考』と題する三巻本の巨大な書物が論じる対象は、人間にほかならない。本書は、風景画には、自然との距離を意識した画家の眼が埋め込まれており、風景画こそ人間の意識を表出したものであると説く。そして、壮大な歴史のなかに認められる「風景画意識」のありさまを、約570点に及ぶ古今東西の絵画作品に寄り添い、一つ一つを丁寧に読み解きながら、魅惑的なことばを紡ぎだしてゆく。

主な事例を順に挙げるだけでも、圧巻だ。紀元前1世紀に描かれた古代ローマの神話世界を描いた壁画から始まって、奈良時代の地図や鎌倉時代の絵巻、中国宋代の山水図、16世紀初頭の〓日月山水図屏風〓、ブリューゲルなど16世紀のオランダ絵画、近世日本の長谷川等伯、レンブラントなど17世紀西洋における風景画の誕生、歌川広重らの浮世絵、幕末の渡辺崋山、18~19世紀西洋のドラクロワやターナー、明治の高橋由一、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのセザンヌ、大正昭和戦前の岸田劉生、20世紀西洋のリヒター、そして同時代日本の絵画で締めくくる。

本書の白眉、あるいはクライマックス(頂点)は、画家の山岳体験を情熱的に述べた、いくつかの箇所である。江戸時代の池大雅らは「ただ見るばかりではない身体を通しての自然の計測」を行い、近代の大下藤次郎は、「「崇高な」、あるいは「聖なる」といった形容に値する、日常的な感覚を超えた世界」に触れる。さらに、日本語でほとんど紹介されていないイギリス風景画における崇高についての議論が、著者による原典の訳とともに明快に語られていることも、特筆に値する。風景とは単に「見る」ものではなくて、別世界への移行へと誘う身体的・精神的な経験なのだ。

もっとも、本書は専門家向けの語り口ではないとはいえ、あまりにも果てしなく話題が広がるので、読み進めること自体が険しい登攀のような経験にもなる。しかし、文中に挟まれた画家や詩人によることばは清流のように、読み手の胸に染み渡るはずだ。それゆえに、本を読むことが仕事ではない人(特に画家)に対しては、本書を、傍らに置いて「風景画についてのアンソロジー」としてパラパラと眺めることを提案したい。つまり、まず口絵と挿図をざっと見て、次に気になった絵の近くにある引用部分のことばだけを拾って、好きな順序で、味わうのである。

そのようにして本書を眺めただけでも、たとえば、イタリア16世紀の思想家ジョルダーノ・ブルーノによる、理性が支配するという宇宙論に触れて、根源的な原理に思いを寄せるだろう。あるいは、松尾芭蕉とジャン・ジャック・ルソーに共通する、神なき孤独な自然観賞に出会い、東西を超えた求道者の姿に胸を打たれるだろう。

本書が啓くのは、まさに世界の風景画史から開かれる、新しい思想史の世界だ。それゆえに本書は、量的ばかりでなく質的にも、西洋語を含むこれまで書かれたすべての風景画論を凌駕するものであり、ここに日本語で書かれた優れた「世界美術史」の記念碑的な著作が登場したといっても過言ではない。

そして、この風景画に基づく思想史は、現代の文化研究の陥穽を衝くものでもある。政治、民族、情報、経済、メディアなどを「~スケープ」として捉えて分析する研究は、果たして歴史の「奥行き」を踏まえてその風景を見ているのだろうか。あるいは、複数の文化を越えて境界の困難に生きる立場への共感、ポストコロニアルなまなざしは、それぞれの文化に根付く古典を読み込むことなくして、本当に他者の文化を理解しようとしているのだろうか。さらには、ごく最近の拡張現実や仮想現実の風景に踏み込んだとしても、「風景画意識」は、眼に見える世界との関係のなかに見出される、私たち自らの存在を照らす灯りとして現れるにちがいない。
この記事の中でご紹介した本
風景画考 世界への交感と侵犯 <br>第Ⅰ部 世界を漂う肉眼<br>第Ⅱ部 風景の近代へ <br>第Ⅲ部 風景画の自立と世界の変容/ブリュッケ
風景画考 世界への交感と侵犯 <br>第Ⅰ部 世界を漂う肉眼<br>第Ⅱ部 風景の近代へ <br>第Ⅲ部 風景画の自立と世界の変容
著 者:山梨 俊夫
出版社:ブリュッケ
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