連 載 地中海とヌーヴェルヴァーグ ジャン・ドゥーシェ氏に聞く69|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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ジャン・ドゥーシェ氏に聞く「映画/映画作家/映画批評」
更新日:2018年8月21日 / 新聞掲載日:2018年8月17日(第3252号)

連 載 地中海とヌーヴェルヴァーグ ジャン・ドゥーシェ氏に聞く69

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カッパドキアを訪れる(60年頃)
HK 
 ここまで、シャブロル、ロメール、ゴダールの名前が出てきましたが、それぞれが地中海が持っていたイメージから映画を作っていたと思います。その意味において、ジャン=ダニエル・ポレの地中海は、ヌーヴェルヴァーグの作家たちとは大きく異なるのではないでしょうか。地中海の周縁に作られていた幻想のようなものは問題となっていません。
JD 
 ジャン=ダニエルの持っていた考えは、他の人々とは異なります。彼は、北フランスの出身です。それが理由で、長年にわたり南フランスに憧れていたのです。
HK 
 ポレの主だったテーマとなっていたのは、幻想よりも、フランスの文化の根本に対する分析のようなものだったのではないですか。
JD 
 地中海とは、ヨーロッパ文明の起源です。西洋文化は地中海を基にして生まれました。同時に、中東の文化も地中海を中心に発展して言います。アラブ文明の影響は、ヨーロッパの地中海沿いの街の各所に見られます。地中海は、地理的にも歴史的にも広大であり、撮ることがたくさんあるのです。
HK 
 ポレが、『地中海』を撮影していた頃には、すでに知り合いだったのですか。
JD 
 もちろん、ジャン=ダニエルが、地中海を主題とした『地中海』を作っているのは知っていました。私たちは57年か58年に知り合っています。ドゥミと知り合ったのもその頃でした。
HK 
 ポレの映画を見ていると、単純な作りでありながら、非常に複雑な映画であることに驚かされます。例えば、『地中海』は、地中海沿いのまちで撮影した、いくつかの映像だけで成り立っています。同じ映像が繰り返されますが、映像の外の音声のおかげで広がりが生まれます。加えて、いくつかの映像を撮影するだけで、2、3年費やしています。
JD 
 『地中海』を含めた多くの作品は、非常に簡単な作りです。しかし、そのために多くの時間を費やすのがジャン=ダニエルでした。ジャン=ダニエル以上に酷かったのがジャック・ロジエです。一本一本の作品を作るために、異常なほどに気を配り、本当に多くの時間を必要としていました。
HK 
 『地中海』のスッタフロールには協力として、フォルカー・シュレンドルフの名前が出てきます。
JD 
 いずれにせよ、『地中海』はポレの作品です。作品の着想から、モンタージュや撮影までポレによって行われています。なので、シュレンドルフはほとんど何もしていなかったはずです。シュレンドルフは、闘牛の映像を撮影しただけだったと思います。詳細は、シュレンドルフに聞いたほうが確かです。
HK 
 ポレは、南フランスに移住したりと、一貫して地中海をテーマにし続けた作家だと思います。
JD 
 すでに述べたように、ポレは北フランスの出身です。ベルギーとの国境近く、ルーベの近くの街の出身だったと思います
HK 
 それでも、ポレの映画の中には、30年代のフランス映画やそこから発展したヌーヴェルヴァーグの映画に出てくるような、地中海の幻想が問題になっているようには感じません。より直接的な地中海が見れます。非常に印象的な『命令 L’ordre』(1973)という中篇があります。ハンセン病患者が集められたギリシャの島を撮影した作品です。作品を形作るのは、一人のハンセン病患者の証言と廃墟になった島の映像だけです。不在についてのドキュメンタリーだと言えるはずです。
JD 
 『命令』は非常に暴力的な映画です。ポレは、いつもそのような暴力的な面を映画の中に留めていました。地中海とは幻想でありながらも、ヨーロッパの歴史が生まれたところであり、かつ歴史を生み出し続けている土地です。その歴史の中には、語られることのない歴史も多くありますが、それもまぎれもなく地中海の一部です。その点で、ポレは「地中海」に向き合い続けた作家だと言えるかもしれません。
HK 
 地中海の映像といえば個人的には、ヴェルナー・シュレーターの作品も記憶に残っています。彼のことはよく知っていたのではないですか。
JD 
 ヴェルナー・シュレーターのことは、よく知っていました。
HK 
 シュレーターはパリに住んだこともあり、フランス語も流暢だったのですよね。フィリップ・ガレルの『芸術の使命』でインタビューされています。
JD 
 彼はパリに住んでいましたし、『カイエ』の周りの人々とも交流がありました。
HK 
 加えて、ドゥーシェさんは、ポンピドゥセンターのレトロスペクティブの時も講演をしたり、シネクラブでも何度も取り上げています。以前一度、「フランスの女優たちは、理由もなく、ヴェルナー・シュレーターの映画に出演したがる」と言っていました。
JD 
 そんなことを言いましたか。(笑)。しかし、事実です。

<次号につづく>
(聞き手=久保宏樹/写真提供=シネマテーク・ブルゴーニュ)
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